01/01/2012(Sun)
貴方の狂気が、欲しい 1話
海風というのはいつも絶え間なく吹いているように思える。潮風に強く撫でられ続けた時枝の頬は、痺れるような感覚に襲われた。
時枝は痺れ始めた自分の頬に指先を少し当てると、思った以上に冷えた温度を感じた。
ふと木戸の大きな背中を見て、彼の胸の奥もひんやりとしているのではないかと思った。
つい先程、最愛の人を手放したばかりの木戸を見て、時枝も漸く告白をしたばかりだった。
こんな時に、まるで弱みにつけこんでの告白のようだったが、寧ろこの時しなければもう一生出来なかっただろう。
時枝はこれまでずっと木戸と弘夢を見てきた。まるで映画を見ていた気さえしていた。
それは、とても激しく切なく、ロマンチックな日々の物語だった。
時枝はそれが現実に自分に向けられる事など有り得ない事だと分かっていた。
だが湧水のように滾々(こんこん)と溢れ続ける木戸への想いを伝えずにはいられなかった。
海風で泳ぐ細い髪の毛が、時枝の視界を邪魔した。
「時枝……少し飲みたい」
煙草を咥えて銀色のジッポをピンッと開けながら木戸が言った。
時枝は木戸のジッポを開けるあの特有の音が好きだった。
「分かりました。では近くで宿を探してみます」
時枝は仕事をこなす時と変わらないリズムで車に戻ると手帳を開き携帯を取り出した。
木戸はそんな時枝を目で追いながらセブンスターを思い切り吸い込んで吐き出した。
田舎にしては情緒ある日本庭園のある宿が取れた。
木造の小さな門を潜ると、椿が囲む少し長い道を歩いた。地面には深緑のコケが覆った黒石が点々と道を作っていた。その足下を仄かに照らす小さなライトが雰囲気を作り出している。
予約した部屋に通されると、木戸は真っ直ぐに窓際にあるソファに腰掛けて再びセブンスターを咥えた。
時枝は何も言わずに窓を開け、木戸の来ているコートに手を掛けた。
木戸もいつものように無意識にコートから腕を抜き、時枝にコートを脱がせる。
こんなやりとりはもう十何年とやってきた事だった。
コートの内側に灯る木戸の体温を指先で感じる事がずっと嬉しいと感じていたなんて、木戸には思いもつかないだろう。
時枝は黙って強めのウィスキーをロックでグラスに作り、木戸の前に差し出した。
「お前も飲め。時枝」
「……分かりました」
二人は黙ったまま向かい合い、暗がりの庭を見つめながら飲んでいた。カラカラと氷の音を立てて酒を飲む木戸の整った横顔を盗み見る。
木戸の鋭い瞳が少しずつ柔らかく艶めかしくなってきたのが分かった。
特に何も話さず、木戸は自分の世界に入り込んでいた。恐らくは今、時枝の存在を忘れてさえいるだろう。
空気として、世話焼きの人形として培われた互いの関係が、木戸にとって変わらぬ心地よさでも時枝にとってはずっと寂しかった。
「木戸さま。もうお休みになられますか?」
頃合いを見計らって席を立った時枝は、布団を引く様に備え付けの電話で仲居に頼んだ。
手際よく支度をし終わった仲居に、時枝は「どうも」と手慣れたように五万を渡した。
仲居は思わぬ収入よりも、時枝の人形のような美しさに驚いた。
一組だけ引かれた布団を横目で見た木戸はカラリと氷を傾けて、香を楽しむように少しだけウィスキーを口に含ませた。
「時枝。こっちに来い」
時枝は返事をせずに静かに木戸の横に立った。
鋭い目線で睨むように下から自分を見る時枝の視線にどうしていいか分からず目線を逸らした。
驚く程熱い木戸の手が時枝の細い手首を掴むと、時枝の身体がビクリと反応した。
***
酒を飲んだせいか、人肌恋しかったせいか、時枝をそういう目で見た事などなかった木戸だが、今は少し甘えてみたいという気になった。
掴んだ時枝の手首は細く冷たかった。
(弘夢と同じ位か……それより少し細いな)
木戸の火照った掌には丁度気持ちいい。
木戸が下から覗き込むと、無表情な時枝は少しだけ困ったように目を逸らした。気のせいか、ほんのりと頬に赤みが差しているようにも見える。
時枝のいつもの無表情は勿論美しい。だが感情で動く表情の時枝は魅力的だった。
時枝に想いを告げられた事に対して悪い気はしなかった。ずるいとは思うが、今は自分が誘っても時枝は嬉しい筈だという事も分かっていた。
それを承知で木戸は立ち上がると、時枝の腰を引いて抱き寄せた。悩ましげな表情になった時枝の顔を見て、木戸の下半身が脈を打つ。
木戸はそのまま強引に時枝を畳に敷かれた真新しい布団に押し倒した。
「……っ」
きちんと上まで留められている時枝のワイシャツのボタンを外すと、白く透き通った首が露わになった。木戸の熱い舌先をそれに這わせる。
(弘夢と味が違う)
抵抗しようとする時枝の手首をしっかりと纏め上げたまま、花のような香りのする時枝の首筋に顔を埋めた。
「おやめ下さい。木戸さま」
その抑揚の無い冷めたいつもの声の方を見ると、話し方とは裏腹な少し困った表情の時枝がいた。
木戸の身体は、それに素直に反応した。
「嫌じゃないんだろう? 時枝」
「……嫌ではありません。……でも、嫌です」
「何だ……さっきは自分からキスをしてきたくせに」
木戸の少しカサついた唇が時枝の形のいい唇を塞いだ。
弘夢のとは違う、しっとりと吸いつくような艶めかしい時枝の唇は今改めて気持ちがいいと思った。
次へ>>
*このお話は「それから」のスピンオフです。
スピンオフという事で、「それから」の二人の終わり方とは冒頭少し違っています。
皆さま明けましておめでとうございます!!今年も宜しくお願い致します!!
そしてかなり…かなり!更新が出来ずに申し訳ありませんでした;
待っていて下さった方々、本当にありがとうございます(ノД`)・゜・
実は10月に部署移動がありまして、慣れた矢先に上司が実は別会社を立ちあげているという事で手伝って欲しいという個人的な頼みをされてそちらもヤル事になってしまいまして(´Д`A;)
で、ひょんな事から歌までやるようになって(趣味程度ですが)ライブなんてものを月に何度かする事になったりと去年は色々な体験が出来た年でした。
そんなこんなで更新遅れまくって申し訳ありませんでした;
毎日更新とはいかないと思いますが、また頑張っていきたいと思います☆
では今年もどうぞ宜しくお願い致します!!!
★拍手コメントのお返事はボタンを押して頂いた拍手ページ内に致します。
拍手秘コメの場合は普通コメント欄にてお返事致します。
お礼画像あり6種☆
時枝は痺れ始めた自分の頬に指先を少し当てると、思った以上に冷えた温度を感じた。
ふと木戸の大きな背中を見て、彼の胸の奥もひんやりとしているのではないかと思った。
つい先程、最愛の人を手放したばかりの木戸を見て、時枝も漸く告白をしたばかりだった。
こんな時に、まるで弱みにつけこんでの告白のようだったが、寧ろこの時しなければもう一生出来なかっただろう。
時枝はこれまでずっと木戸と弘夢を見てきた。まるで映画を見ていた気さえしていた。
それは、とても激しく切なく、ロマンチックな日々の物語だった。
時枝はそれが現実に自分に向けられる事など有り得ない事だと分かっていた。
だが湧水のように滾々(こんこん)と溢れ続ける木戸への想いを伝えずにはいられなかった。
海風で泳ぐ細い髪の毛が、時枝の視界を邪魔した。
「時枝……少し飲みたい」
煙草を咥えて銀色のジッポをピンッと開けながら木戸が言った。
時枝は木戸のジッポを開けるあの特有の音が好きだった。
「分かりました。では近くで宿を探してみます」
時枝は仕事をこなす時と変わらないリズムで車に戻ると手帳を開き携帯を取り出した。
木戸はそんな時枝を目で追いながらセブンスターを思い切り吸い込んで吐き出した。
田舎にしては情緒ある日本庭園のある宿が取れた。
木造の小さな門を潜ると、椿が囲む少し長い道を歩いた。地面には深緑のコケが覆った黒石が点々と道を作っていた。その足下を仄かに照らす小さなライトが雰囲気を作り出している。
予約した部屋に通されると、木戸は真っ直ぐに窓際にあるソファに腰掛けて再びセブンスターを咥えた。
時枝は何も言わずに窓を開け、木戸の来ているコートに手を掛けた。
木戸もいつものように無意識にコートから腕を抜き、時枝にコートを脱がせる。
こんなやりとりはもう十何年とやってきた事だった。
コートの内側に灯る木戸の体温を指先で感じる事がずっと嬉しいと感じていたなんて、木戸には思いもつかないだろう。
時枝は黙って強めのウィスキーをロックでグラスに作り、木戸の前に差し出した。
「お前も飲め。時枝」
「……分かりました」
二人は黙ったまま向かい合い、暗がりの庭を見つめながら飲んでいた。カラカラと氷の音を立てて酒を飲む木戸の整った横顔を盗み見る。
木戸の鋭い瞳が少しずつ柔らかく艶めかしくなってきたのが分かった。
特に何も話さず、木戸は自分の世界に入り込んでいた。恐らくは今、時枝の存在を忘れてさえいるだろう。
空気として、世話焼きの人形として培われた互いの関係が、木戸にとって変わらぬ心地よさでも時枝にとってはずっと寂しかった。
「木戸さま。もうお休みになられますか?」
頃合いを見計らって席を立った時枝は、布団を引く様に備え付けの電話で仲居に頼んだ。
手際よく支度をし終わった仲居に、時枝は「どうも」と手慣れたように五万を渡した。
仲居は思わぬ収入よりも、時枝の人形のような美しさに驚いた。
一組だけ引かれた布団を横目で見た木戸はカラリと氷を傾けて、香を楽しむように少しだけウィスキーを口に含ませた。
「時枝。こっちに来い」
時枝は返事をせずに静かに木戸の横に立った。
鋭い目線で睨むように下から自分を見る時枝の視線にどうしていいか分からず目線を逸らした。
驚く程熱い木戸の手が時枝の細い手首を掴むと、時枝の身体がビクリと反応した。
***
酒を飲んだせいか、人肌恋しかったせいか、時枝をそういう目で見た事などなかった木戸だが、今は少し甘えてみたいという気になった。
掴んだ時枝の手首は細く冷たかった。
(弘夢と同じ位か……それより少し細いな)
木戸の火照った掌には丁度気持ちいい。
木戸が下から覗き込むと、無表情な時枝は少しだけ困ったように目を逸らした。気のせいか、ほんのりと頬に赤みが差しているようにも見える。
時枝のいつもの無表情は勿論美しい。だが感情で動く表情の時枝は魅力的だった。
時枝に想いを告げられた事に対して悪い気はしなかった。ずるいとは思うが、今は自分が誘っても時枝は嬉しい筈だという事も分かっていた。
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木戸はそのまま強引に時枝を畳に敷かれた真新しい布団に押し倒した。
「……っ」
きちんと上まで留められている時枝のワイシャツのボタンを外すと、白く透き通った首が露わになった。木戸の熱い舌先をそれに這わせる。
(弘夢と味が違う)
抵抗しようとする時枝の手首をしっかりと纏め上げたまま、花のような香りのする時枝の首筋に顔を埋めた。
「おやめ下さい。木戸さま」
その抑揚の無い冷めたいつもの声の方を見ると、話し方とは裏腹な少し困った表情の時枝がいた。
木戸の身体は、それに素直に反応した。
「嫌じゃないんだろう? 時枝」
「……嫌ではありません。……でも、嫌です」
「何だ……さっきは自分からキスをしてきたくせに」
木戸の少しカサついた唇が時枝の形のいい唇を塞いだ。
弘夢のとは違う、しっとりと吸いつくような艶めかしい時枝の唇は今改めて気持ちがいいと思った。
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スピンオフという事で、「それから」の二人の終わり方とは冒頭少し違っています。
皆さま明けましておめでとうございます!!今年も宜しくお願い致します!!
そしてかなり…かなり!更新が出来ずに申し訳ありませんでした;
待っていて下さった方々、本当にありがとうございます(ノД`)・゜・
実は10月に部署移動がありまして、慣れた矢先に上司が実は別会社を立ちあげているという事で手伝って欲しいという個人的な頼みをされてそちらもヤル事になってしまいまして(´Д`A;)
で、ひょんな事から歌までやるようになって(趣味程度ですが)ライブなんてものを月に何度かする事になったりと去年は色々な体験が出来た年でした。
そんなこんなで更新遅れまくって申し訳ありませんでした;
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コメント
そして明けましておめでとうございますヾ(*´∀`*)ノ゛
今年も宜しくお願いします☆
わああっ(>△<)
1日を楽しみにして下さって本当ありがとうございます!
あぁっ!「それから」の大ファンと仰って頂けるだけでも嬉しいのに
時枝たちのその後も気になって頂けて(ノД`)・゜・
あ、木戸たちはないと思ってらっしゃいました?(笑)
えへへ。書いちゃいましたv(〃∇〃)
喜んで頂けて良かったです!
ウヒャ━━━━━━ヽ(゚Д゚)ノ━━━━━━ !!
そんなお年玉だなんて!
じゃ、じゃあ、一杯“玉”描写を書いてお年玉に……
エイ!(*`・д・´)ノ゛)Д`)ペション
はいっ!頑張ります(*´∇`*)
拍手秘コメントどうもありがとうございました
Sさま!!お久しぶりですっっ
明けましておめでとうございます!!
はい(笑)
久し振りの時枝くんたちです(〃∇〃)
絶賛迫られ中のトッキー、どうなる事やらです(笑)
やっとのアップとなりました(´Д`A;)
こちらこそお忙しい中わざわざ見に来て下さって本当に
ありがとうございます(涙
今年も少しでも楽しんで頂けるように頑張っていきたいと思います☆
コメントどうもありがとうございました
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