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悪魔と野犬ノ仔 51話

「シーツびちゃびちゃだな」
「ぼく……おもらししたの?」
「そうだよ」
「ちがうもん……おしっこじゃなかったもん」
 要は無事だったブランケットを床に敷くと力尽きている水無月をゴロリと寝かせて自分も気怠そうに横になった。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「まだここ……きもちいい」
 水無月はうっとりした目で要を見ながら自分の内腿の付け根に手を置き、そこからそっと玉と性器をなぞった。
「んな事してっとまた犯るぞ」
 要はそう言って水無月の上唇をペロリと舐めた。
「ん……だめだよぅ」
 水無月は眠たそうに片目を瞑るとウトウトとし始めた。
 要はそっと水無月の瞳に口付けをして「ありがとう」と呟いた。
 水無月は最後の力を振り絞って少しだけ笑みを浮かべると要の腕の中に入り込んで小さな寝息を立て始めた。

 要は水無月と触れ合う事で身体も心も救われていった。一月も経つと大分落ち着き大学も通うのに苦ではなくなっていた。
 だが要の目的は少し変わってきていたようだった。
「ミナ」
「なに?」
「俺がもし動物の医者になったら、お前手伝ってくれるか?」
「えっ……兄ちゃん獣医さんになるの?」
 水無月は驚いて茶色の瞳を一層大きくさせた。
「何だよ……駄目か?」
「全っっ然だめじゃない! 嬉しい! 僕お兄ちゃんと動物をたくさん助けたいッ」
「そうか……まぁ幸い俺理系だしな」
「なって! 絶対!」
「頑張れ、とかじゃないのが凄いプレッシャーだな」
「絶対ならないと僕ゆるさないからね! お兄ちゃんにもシオを吹かせるから!」
 要は水無月の提案に少し顔を引き攣らせた。
「おお……それは絶対イヤだな」
「何で? すっっごい気持ちいよ?」
「だろうな」
「じゃあ」
「やらねぇよ」
 水無月は柔らかい頬をぷくっと膨らませていじける様に要の足下に犬座りをした。
 要は水無月の頭を撫でると丁度持っていた飴玉を紙から出して口の中に入れてやった。
 要は昔からたまにこうしてお菓子のご褒美を水無月にやる。水無月はこの不意打ちがとても好きで喜んでは要の足に絡まるのがお決まりになっていた。

 要は進路を変えてから猛勉強をし出した。とは言え、受験生のような必死さが見られないのは要特有の飄々とした態度が原因のように思えた。疲れていても余り苦痛の表情も浮かべず、ただ只管机に向かいペンを動かしていた。
 そして難関と言われている獣医に晴れてなったのはそれから数年後だった。
 やはり自然の多い場所が合っているという事で、実家から少し近くの場所に病院を構える事にした。




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悪魔と野犬ノ仔 50話

 水無月は濡れた赤黒い要の肉棒を裏側から滑らせるように舐めた
「すごいヌルヌル」
 ずっと欲しかったと言わんばかりにうっとりとした表情で熱い要の肉棒に吸いつく水無月の刺激に要は思わず腰を突き出し首を逸らせた。
 水無月はチュクチュクと音を立てながら先端から溢れる液体を吸った。
「ミ……ナ……っ」
 要の眼光が一瞬光ったように見えた時、水無月の身体は一瞬でベッドに押し倒されていた。
 一時はもう一生ないと思っていた要が上になるこの体勢が今再び体験出来て、水無月は嬉しさに両手を伸ばした。
 伸ばされた水無月の両手に誘われる様に、要はゆっくり水無月の上に重なり、そして力強く抱き締めた。
 互いの体温を直接感じると、要は驚く程嬉しさが込み上げてきた。触れれば穢すと思っていたが、実際はこんなにも安心し不安分子を浄化する事が出来る事が分かった。
 水無月は要の身体の中に溶け込んでしまいたい気持ちでギュウギュウと懸命に抱き付いた。だがそんな事をしているとふと気を抜いていた後ろの蕾部分に火傷してしまいそうな熱さを感じてビクリとした。
「あっ…待っ……! ……んんっ」
 要は怯んだ水無月の言葉を唇を押しつけて塞いだ。
「んんーっ……待っ……や……っ」
 逃げようとすればするほど絡みついてくる要の舌が気持ち良くて、水無月はどんどん力が抜けてきた。抵抗しようとして浮かせた腰はそのまま押さえつけられ、水無月の蕾に押し付けられた熱はそのまま強引にゆっくりと侵入してきた。
「あっ……あっ……なかにっ」
 水無月は身体中が粟立ち、侵入してくる肉棒に手を伸ばした。二人の液体で濡れた要の肉棒はまだ半分程しか入っていなかった。
「すご……い……入ってきてる……んっ」
 水無月は要を見ながら残りの半分の肉棒をヌルヌルと手で扱き、卑猥に揺れる要の大きな玉をやわやわと揉んだ。
 そんな悪戯をしていると、急にパンッと大きな音を立てて要が一気に最後まで肉棒を突き挿した。
「あああッ!」
「お……前が悪いんだぞ……っ……俺を煽るから」
「はぁあんっ」
 水無月は下半身に痺れるような少しの痛みと内部に広がる甘い刺激に上半身を弓なりに逸らした。
 要は突き出された水無月の乳首に吸いつき、そのまま腰を振り出した。
 水無月の身体は大きくシーツを上で上下に揺さぶられ、水無月の肉棒から溢れる液体は自身の腹を広く濡らした。
「はぁあっ……あんっ……やっぱ…りっ……お兄ちゃんの……すごいぃ」
「オモチャと比べてんじゃねぇよ」
 要は「お仕置きだ」と言って肉棒を突き入れたまま水無月の身体をグルリと回転させた。
 水無月は内部を肉棒でグルリと回転しながらなぞられ、ついその刺激で少し射精をしてしまった。
「きゃあんっ」
 要はそれを無視しそのまま水無月を四つん這いにすると、先程よりももっと大きな音を立てて腰を打ち付け始めた。
「キャンっ……キャンっ……キャンっ」
 水無月は腰を打ちつけられる度に高く甘い犬の鳴き声とも違う声を上げて汗を飛ばした。
 いつの間に、何度射精したのかさえ分からない程断続的に快楽に身体を揺らせていると、水無月の腰がガクガクと震えだし、要はそれを見てニヤリと笑いながら唇を舌で濡らした。
「ミナ、中が痙攣してる」
 急に耳元でそう囁かれて水無月はまた身体をザワつかせた。
「また乳首が硬くなった」
 要が爪の先で水無月の乳首をキュッと摘まみ上げた。
「やあんっ、イクうんッ」
「もう出ないだろ」
「イクうぅん」
 水無月は頭を左右に振り、口端から唾液を零れさせながら腰を揺らした。
「じゃあもっとイけよ」
 要は後ろから水無月の肉棒をグチュグチュと容赦なく扱き始めた。
「やっ……そこ、だめっ……だめえええ」
 既に射精し終わったそこは想像以上に刺激が強くどうにかなってしまいそうだった。それでも打ちつけられ続ける要の腰からは逃げられず、水無月はより大きな声を上げる事でしか刺激から逃げる事が出来なかった。
 そのうちに尿意とも違う何かが爆発的に体内から湧きあがってきたのを感じた。
「ひぃぃぃっ」
 要は意地の悪い笑みを浮かべながら更に力強く水無月の亀頭を扱いた。水無月の肉棒は真っ赤に染まり先端の口がパクパクと息継ぎでもするように開いたり閉じたりしていた。
 水無月は「ハッ……!」と息を一瞬吸うと爪先をピンと伸ばして尻をクンと突き出した。
 次の瞬間扱いていた要の掌にサラサラとした水のようなものが水無月の肉棒から溢れ卑猥な水音を更に大きく響かせた。そして女性でいうところの潮が思い切り水無月の肉棒から吹き出た。
「ひィィああぁやああんッ」
 要は我慢が効かず「クソ……!」と呟くと水無月の肉棒から手を離して尻たぶを強く掴んだ。そのままベッドごと揺らす程腰を動かすとそのまま水無月の中で射精した。





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ちょっと私事で一週間程お休み頂いてしまってすみませんでした。
完全復活したので後少しですがまた続けたいと思います!
ありがとうございました(*´∇`*)

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悪魔と野犬ノ仔 49話

「それにしても……なんだそのいやらしい動きは」
 水無月は潤ませた目を要に向けながら誘うように尻をゆっくり上下にうねらせていた。
 要はほんのり赤く色づいた蕾部分に顔を近づけると、フッと熱い息を吹きかけた。
「んっ」
 水無月はキュッと目を瞑ると長い睫毛も一緒にキュッと上に上がった。
 要はそこに舌を伸ばしゆっくりと回す様に這わせると、閉じていた蕾は開いて大きく花びらが開いた。
「ああんっ……ぃぃぃ」
 水無月は泣きそうな声で小さく肩を震わせた。
 その様子を見た要は、何だかんだと言っていてもずっと我慢して待っていた事が伺えて堪らなく水無月が愛おしくなった。
 要は舌先を硬くすると、勢いよく蕾の中に侵入させた。
「はぁあんっ」
 中に入れた舌は味わうように内襞を隈なく味わった。懐かしい水無月の味は昔よりもずっといやらしい大人の味がして要の脳を痺れさせた。
 要は舌で蕾を攻めながら左手で水無月の可愛らしい玉を、右手で濡れきった肉棒の先をカリカリと軽く引っ掻いた。
「はっ……はんっ……はあっんっ」
 水無月はビクッ、ビクッと腰を小刻みに反応させ、快感に崩れないように絨毯を掴んでいた。
「だ……だめ、兄ちゃん……出ちゃう……っ」
 水無月はやっと要から逃げる様にして一旦離れると、そのまま向きを変えて要の足の間に入った。
「服、ぬいで。兄ちゃんの身体が見たい」
 要は黙ってシャツを乱暴に脱いだ。一旦引っ掛かった髪は乱れて顔に掛った。真っ直ぐ首から伸びた鎖骨が浮かび上がり、引き締まった腕の筋肉が力を入れていなくてもあるのがよく見えた。
 水無月は要の気怠い美しさと雄を感じさせる身体つきを見て再びだらしなく肉棒の先から液体を溢れさせた。
「下も……下も脱いで……見せて」
 要はガチャッとベルトを外し、立ち上がるとゆっくりとジーンズを脱いで見せた。
 黒いボクサーパンツは硬化して真上に立ち上がった要の肉棒の形をそのまま浮かび上がらせていて、それが裸で見るよりも異様にいやらしく水無月を興奮させた。
「すごい……すごいよ兄ちゃん」
 マタタビに陶酔した猫のように、水無月はゴロゴロと要の身体にすり寄り引き締まった腰回りに抱き付いた。
 柔らかな水無月の掌はゆっくりと要の腹筋を撫で、そのまま乳首に伸びた。要がそうするように、水無月も要の尖りに吸いつき舌先で転がした。要の身体は一瞬ピクっと反応し、水無月は目を上に上げた。
 要は少しだけ困ったような顔をしながらも息を短く上げていた。
 水無月は要のその顔に興奮して要のボクサーパンツを引きずり下ろした。目の前に猛々しい肉棒が現れ、既に水無月と同じように濡れて艶めいていた。
 水無月は膝をつき、要のそれに鼻を近づけてクンと匂いを嗅いだ。するとまるでそこから強い媚薬成分が発せられていたかのように、水無月の脳内がクラっと揺れた。途端にズクン、と強い疼きが身体の内側から波のように押し寄せ水無月は蕩ける様な目つきに変わった。
 水無月がそこに舌を伸ばそうとすると、要はグッと逃げようとした。
「兄ちゃん……大丈夫。何も考えないで……僕が兄ちゃんの怖いの、全部吸い取ってあげるから」
 要はそれ以上は抵抗せず、少し緊張していたのか身体を強張らせながら水無月の髪を軽く掴んだ。
「怖くないよ」
 水無月は、まるで病院に来る犬に初めて注射をするように要を宥めながら舌をそっと這わせた。




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悪魔と野犬ノ仔 48話

「ミナ……駄目だ……これ以上したら……」
 要は水無月の舌をゆっくり剥がした。
 透明の糸が伸びて銀色に光ったのが見えて要の下半身を痛いほど刺激する。
 先程までの清らかな顔をしていた水無月の表情は一変し、蕩けたような顔は発情した雌花のように甘く香り立っていた。
 水無月は少し息を荒げながらも再び背筋を伸ばして立つと、要の足の間に入り込み、そして着ていたシャツのボタンを上から外し始めた。
「おい、何を……」
「見てて」
 水無月は挑発するような目つきで服を脱ぎさると一枚の布切れも纏わず要の目の前に立った。
 白くスラリとしたバランスの良い身体は程良く筋肉も付き、中性的なラインが色っぽい。
 滑らかそうな白く美しい肌に、既に赤く膨れて尖った乳首が要の視線で余計に赤みを増しているのが分かった。
 色白な分、赤く膨れた恥部が異様にいやらしく見えて要の鼓動はどんどんと早くなっていった。
 真上に上がった水無月の肉棒からは誘うようにトロトロと透明な液体が出続け、そのまま床へと糸を引いて落ちていった。
「ひどいよ、要兄ちゃん……僕、こんなになってるんだよ……兄ちゃんは、僕を喜ばせてくれないの? 幸せにしてくれないの?」
「幸せ?」
「うん……僕、兄ちゃんに触って……舐めて……ぐちゃぐちゃにされたらすごく幸せなんだ」
「もう……止めろって……おかしくなりそうだ」
 要は方手で顔を隠す様にするが目線は目の前にある赤い小さな尖りを見定めていた。
「兄ちゃんは……人間は色々考え過ぎなんだよ……僕はただ、愛し合いたい……したいこと、したい」
 完全に本能で満たされた水無月は今まで見た事のない程妖艶な目をしていた。
 水無月は要の膝元で四つん這いになるとゆっくり後ろを向いた。そのままグッと尻を突き出すと赤く色づいた蕾が要を誘うようにヒクついていた。
「にいちゃん……交尾しようよぉ」
 切なげな水無月の声と意識が飛びそうな程の光景に要の雄としての本能が目覚めた。
 要は迷いなく両手を伸ばすと水無月の丸い臀部を掴んで広げた。
「あっあんっ」
 突然の刺激に驚いた水無月は潤んだ目で要の方を向いた。
「俺が触ったら幸せになるのか」
 水無月は指を自分の口元に当てながらコクっと頷いた。すると同時に水無月の肉棒の先からタラタラっと液体が零れて床に落ちた。
 要は後ろから水無月の足の間に手を入れ、人差し指でそっと水無月の滑った肉棒の先に触れた。
「ああんっ」
 水無月から高くて可愛い声が漏れる。
「ヌルヌルだ」
「やぁん」
 要はその滑りをたっぷりと指先に付けると、それを後ろの蕾に塗りつけた。
「あっ、あっ」
 水無月の身体は我慢していた期間と比例するように、昔の何倍も敏感になっているようだった。
 要はゆっくりと指を入れ込むと、最初は驚いたようにギュッと締め付けていた括約筋は直ぐに緩んで要の指を飲み込んでいった。
「も、もっと……っ……クチュクチュってしてっ」
「お前、いつからそんなやらしくなった」
 水無月は少し困ったような目をした後、おずおずと口を開いた。
「お、お兄ちゃんがいない時ぼく……オモチャっていうの買ってちょっと使ってみちゃったの……」
「なに」
「で、でも小さいピンクのやつでっ……ブーンってなるやつだけだよっ」
「どこで知ったんだ、そんなもの」
「学校で……お友達になった子たちがそういう話しをしてて、一人でする時こういう道具がとてもいいからって……僕がそういうの知らないって知ったらお店に連れてってくれたの……で、ちょっと……後で一人で買っちゃったの……ごめんなさい」
 口では謝っているが水無月の腰は淫らに上下に動いていた。
「ハァ……まぁ俺がお前を放っておいたから仕方ないな」



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うわわ!
前回沢山の拍手ありがとうございましたー!(汗
・゚・(ノ∀`)・゚・

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悪魔と野犬ノ仔 47話

 水無月は毎晩、要にお呪いの様に少しずつ要の指先や毛先に触れた。
 触れられた所はほんの一部だったが、要はその場所に陽だまりのような暖かさを感じる事が出来た。少しずつだったが、触れられた場所から浄化されるようなイメージが湧いてくるようにさえなった。
「兄ちゃん、明日僕の手伝ってるショップを見に来てよ」
 要は今は大学に行く意味も見出せず休学している状態だ。単に水無月が自分の頑張っている姿を見せようとして言っているのかと思い軽く承諾した。
 次の日、夕方頃要は水無月の通うショップへと顔を出した。
「あっ兄ち……兄さん!」
「あ、お兄さん来たの? こんにちは」
 水無月の横からまるで慣れ親しんだ者のように顔を出して挨拶してきた爽やかな笑顔の男を見て要は無表情のまま会釈をし、「水無月がいつもお世話になっています」と挨拶をした。
 ショップの中には沢山の犬や猫がガラスの個室に入れられていた。その動物を懸命に世話をする水無月はとても優しい顔をしており、まるで会話でもするように上手に相手をしていた。
「水無月くんは本当に動物と会話できるみたいに上手に世話をするんです」
 ショップのイケメン男性が嬉しそうにそう要に言ってきた。
「……」
「それに水無月くんはとても頑張り屋さんで、最近は動物病院なんかにも勉強しに行っているんですよ。僕の知ってる先生に頼んで勉強させて貰いに行ってるんですけど、そこにもお兄さんを連れていきたいって言ってましたよ。仲が良いんですね」
 そこまでの話しは聞いていなかった要は一々報告してくるこの男性に苛立ちながらも表情は変わらずジッと水無月を見ていた。
 水無月の世話で嬉しそうにはしゃぐ犬たちを見ていると、要は無償に嬉しくなってきた。
 ショップの男性が言うように、水無月は次の日動物病院に来るように要を誘った。要は余計な事は言わず、水無月の言うとおりに病院の方にも顔を出した。
 病院の中では包帯を身体の一部分に巻きながらも水無月を見るととても嬉しそうに尻尾を振る犬やじゃれてくる猫の姿があった。
 先生方の処置を懸命に見ながらメモを取ったり、その様子を見る水無月の真剣な表情と助けられていく動物の姿が印象的だった。
 中には心身共に傷ついて人間が怖くなってしまった犬もいた。それでも水無月には少し近寄って来るようになったと先生は言っていた。
「兄ちゃんもあの子みたいなんだと思う」
「俺も犬か」
「うん。だから僕が絶対治してあげるんだ」
 水無月の言葉はとても力強く、それが要に希望すら見せる程だった。
 何回か水無月の通う場所に顔を出していると、要自身も動物と触れ合う機会があった。
 幼い子犬たちは要の事情など知らず無邪気に容赦なく飛びついてきた。要は驚く暇も余計なイメージを持つ暇もなかった。要は思わず子犬たちを抱きとめるとその体温の暖かさに心がとても癒された。
 夜、いつものように要の足下に転がる水無月のふわふわと動く薄い茶色の髪の毛を見ていると、無意識に要はそれに手を伸ばしていた。
 柔らかい糸のような水無月の髪はとても気持ち良く、水無月は嬉しそうに笑った。
 余りに穏やかな気持ちに要は麻痺したように、要はただ無心に水無月の柔らかい頬を触った。久々に触る水無月の肌はとても柔らかく、それでいて赤ん坊のように滑々としていた。
 水無月は大きな瞳を開けると、そのままゆっくりと要の前に立ち上がった。
 要はベッドに足を広げて座った状態のまま突然立ち上がった水無月を見上げた。
 水無月はとても愛おしげな眼差しで上から要を見つめ、そしてゆっくりと顔を近づけた。
 要は放心したようにその天使のような顔を見ていた。ゆっくりと近づいた水無月の唇は要の唇の一センチ手前で止まって目が合った。
 要の内側から眠っていたような欲望が一斉に目覚め、身体中の体温が一気に上がった。頭が真っ白になる程水無月が欲しくなり思わず水無月の両肩を力強く掴んだ。
――しまった。
 途端に要の目の先に黒い煙がモヤモヤと出始めた時だった。
「兄ちゃん……よく見て。僕に触ったらほら……兄ちゃんの黒いのが消えていくよ」
 要は固唾を飲んで自分の手先を見た。すると黒い煙はやはり浄化されるように消えていくのが見えた。
「僕が……チリョウしてあげる」
 水無月は屈むとゆっくり舌を出した。
「お兄ちゃん。舌をだして」
 要は恐る恐る舌先を差し出すと、そこに甘く柔らかな水無月の舌が絡みついた。
 柔らかな水無月の唇が要の唇に触れて要の頭が痺れた。
「ぼくの、飲んで……きれいになるよ」
 水無月の少し冷たい唾液が要の舌を伝って送り込まれると、要はそれをコクっと飲み込む。
 要は内側から化学反応を起こす様に穢れが消えていくのを感じた。




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悪魔と野犬ノ仔 46話

 水無月は狭い部屋でウロウロしながら要の帰りを待っていた。時折気を紛らわす為に蹲ってみたり水を飲んでみたりしていた。
 いつ帰って来るか分からなかったが、毎日毎日家の中にいる間はこうしてウロウロと落ち着かない様子で待っていた。学校やお店に行っている間は帰って来た事を想定してちゃんと置き手紙も置いていた。だが、電話を貰ってから要は未だ家には帰って来ていなかった。東京にはいる筈だったが、なかなか戻って来ない要をただ只管信じて待っていた。
 この日も、水無月は夜中になっていたがベッドには入らずリビングの所でブランケットに包まりながらウトウトして待っていた。物音が聞こえる度にパッと顔を上げて神経を集中させる。
 遠くから微かな足音が聞こえてきた。とても静かな足音で、普通の人間では気付かない程の音だ。自然と気配を消す様にして歩く水無月と同じような歩き方は、水無月の中で一人しか知らなかった。
 水無月はバッと起きて玄関まで走ると、全神経をドアの向こうに集中させて息を止めた。
 カチャリ、とドアが開くと、懐かしい要の顔が覗いて「ただいま」と声が聞こえた。
 水無月は全身で喜びを表すように四つん這いになってキュンキュン鼻を鳴らしながらグルグルとその場で回った。抱きついてはいけないと思っているので喜びを発散させるように物凄い勢いで一旦リビングまで駆けると、また玄関まで勢いよく戻った。
「ミナ。近所にうるさいから走るなって」
「に、兄ちゃんっ!」
 水無月は嬉しくて静かに這い寄りながら要のつま先辺りで“伏せ”をしながら鼻先を少しだけ要の踝辺りに付けた。
「心配かけて悪かった……拓水の所に行ってたんだ」
 水無月はそのままの体勢で静かに要の声を聞いていた。
「ミナ」
 要は水無月の頭に触れようとした自分の左手を途中で止めてスッと水無月から離れた。
 水無月は不安そうな目で要を見上げた。
「お土産、買って来たから」
 要はそう言ってリビングへ向かうと、水無月はそのまま静かに立ち上がって要の後ろへついていった。
 要は北海道のお菓子や海の幸の食べ物を並べて、ついでに途中で買って来たビールも一緒に並べた。
「お前、酒は飲んだ事あるのか?」
 要が水無月に向かって聞くと、水無月は「ない」と少し興味深気にビールの缶を覗いた。
「少し、飲んでみるか?」
「うん」
 要がビールの缶を開けて水無月の前に置くと、水無月はクンクンと開いた口の所から匂いを嗅いだ。
「なんか、良い匂いがする」
「ホップ好きの犬か。変わってんな」
「ほっぷ?」
「まあいい。乾杯」
「かんぱい」
 要の真似をして水無月も缶を持ってコツリと缶を当てて一口飲んだ。
 甘くもなく、辛くもないが飲んだ後に少し苦みが舌に残る感じがして顔を歪めたが、鼻にホップの爽やかな香が広がるとそれが意外と気に入って水無月は少しずつ飲み続けた。
「お前、結構酒好きかもな」
「なんか……おいしくないけど、キライじゃない気がする」
 水無月は両手で缶を持って一生懸命味わっていた。
 要はそんな水無月が可愛くて抱きしめたい衝動に駆られたがグッと堪えた。
「俺、お前にまだ触れないんだ」
「……」
 水無月は缶についた水滴を指先につけながら何も言わずに黙っていた。
「でも、本当は抱きたくて狂いそうなくらいなんだ……それに、一緒にいないと多分、駄目なんだ……矛盾しててよく分かんねぇけど」
 要はグッと残りのビールを飲み干すとグシャっと缶を潰した。
「兄ちゃんは汚れてないよ」
 要は水無月を見た。透明感の強い茶色い瞳は宝石のように綺麗だった。
「大丈夫。僕が兄ちゃんを綺麗にしてあげるし、僕はこれから動物も、兄ちゃんも助けてあげる」
 水無月の白い手が要の頭に伸びると、要は思わず身を引こうとした。
「逃げちゃだめだよ」
 力強い水無月の声が要の身体を縛り、固まった。水無月の柔らかい掌が要の頭に触れると、水無月の腕に黒い蛇のようなものが撒き付いて行く様なイメージが見えて途端に水無月の手を振り払おうとした。
「兄ちゃん。ほら。僕が触った所から段々黒いのが薄くなって消えていくよ? 分かる? ……大丈夫。僕の手はこんなに白いよ」
 水無月の笑顔で要の心臓の鼓動が落ち着きを取り戻した。水無月の腕を見るととても白く綺麗なままだった。
 水無月は「ね?」と太陽のような笑顔のまま優しく要の頭を撫でた。




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悪魔と野犬ノ仔 45話

 時間にするとほんの1時間程しか経っていなかったが、随分と身体も軽く頭もすっきりしたように感じた。
「寝られたか」
「うん」
 拓水に声を掛けられて要は瞼だけ開けて返事をした。
 二人は軽く身なりを整えると、何も食べずにそのまま外へ出た。
 暫く歩くと「ここが俺の大学だ」と拓水が要を案内した。
「拓水授業は?」
「今日はいい」
「……悪いな」
「別に」
 二人は兄弟らしい会話を短くすると、食堂へと向かった。
 メニューを見ると、値段も安い上にボリュームがある定食が沢山あった。
「好きなの食えよ。結構うまいから」
 二人は各々頼むとそれを殆ど会話せずに平らげた。
 学食の場所は広くサボっている生徒もいれば懸命に勉強している生徒もちらほらいた。
「行くぞ」
 拓水に言われて要は席を立った。そのまま再びついて行くと今度は広い牧場や中庭や農園まであった。
 特に何をする訳でもなく、動物や植物に触れながら一日過ごした二人はまたコンビニでビールを買うとそのまま公園に移動した。
 何となく二人はブランコに座ると、思ったより不安定な動きに思わず足に力を入れた。
「二人でブランコなんて……初めてじゃないか?」
「そうだな」
 キーキーという心地よい鉄の音が少しだけ要の心を高揚させた。
「俺は思うんだが、過去ってのはどうしたって変えられないだろ? だからこれからのお前の行動でお前の心を軽くしてやれると思うんだ。人間だからな。それが上手く出来ると思うんだよ」
「……」
「苦しめた相手がいるなら、これから会うものに優しくしてやればいいし、ミナを愛してやればミナがくれる愛でお前も綺麗になっていくと思う……なんか……クサイ事言ってるけど」
 拓水は恥ずかしさで少し眉間に皺を寄せた。だが要はその言葉が何よりも暖かく心を包んでいくのを感じた。
「そうかな」
 要は自分のノイズのような汚れのついた両手を見た。
「ああ。俺はそうやって自分を受け入れて少し立ち直っていったしな」
「うん」
「……俺、多分お前の事、意識して好きだったんだな……で、勝手に失恋して男で、しかも弟が好きな変態だって思い知らされて……でも今は不思議と客観的に見れる」
「……ごめん」
「うるさい」
「……」
「また辛くなったらいつでも来い」
「……うん」
 二人は日が暮れるまでそこで他愛のない話しをしながら酒を飲んだ。
 そして要は拓水が大学に行っている間、近くや遠くの自然に触れて一週間あまり過ごし、そして軽く挨拶を済ますとそのまま拓水の家を出た。
 要は直ぐには帰らず、ゆっくりと時間を掛けて東北の土地を見て回った。
 二週間程経った時、漸く要は水無月に電話を掛けて必ず帰るから待ってて欲しいとだけ伝え、そして一か月後東京に戻った。




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悪魔と野犬ノ仔 44話

 拓水は要が玄関のドアを開けるよりも先に手首を掴んだ。
「待てって……ッ」
 ゆっくりと振り返った要の表情はやはり寂しそうな目をしていた。
「何かあったんだろうが」
 要は拓水の手を振りほどこうとはしなかった。
「話せよ、聞いてやるから」
「……何を……どうやって話していいか分からない」
「話し終わるまで何日でも居ていい」
 要は下を向いたまま片方の口端を少しだけ上げた。
「いいのかよ……俺また拓水を襲うかもしんねぇよ?」
「……今のお前、そんな事出来るぐらい元気には見えないが?」
 要はフンと鼻で自虐的に笑うと下を向いたまま再び拓水の部屋の中に入って行った。
 要は口数少なく「汚い」などと文句をポツリポツリと言いながら拓水の散らかった部屋をただ只管日が暮れるまで片付けた。拓水はそんな要の様子をベッドの上で横になりながら不思議な気持ちで見つめていた。拓水にはその要の行動が自分の心の整理をしているようにも見えた。
「ただいま」
 要は拓水のその言葉でいつの間にか拓水が外出していた事に気付いた。要はどうも暗くてよく見えないと思ったら既に日は落ちて外は青く沈んでいた。
「すごい綺麗になったな」
 拓水は部屋の電気を付けると、コンビニの袋をガサガサと手に持って台所へ移動した。何か食べ物を買って来たようだ。
 要は意外と身体が疲れている事に気付いてベッドに座って溜息をついた。
 拓水は冷えたビールの缶を何も言わず要の前に出し、二人は何も言わず乾杯をして勢いよく飲んだ。
「俺、水無月が好きなんだ」
「……そういう……意味でか?」
「うん」
「……そうか」
「でも、ミナには触れないんだ」
「何で」
 要は残りのビールを全て飲みきると、次の缶を開けた。
 そこからゆっくりと時間を掛けて話し始めると、自分の気持ちと過去に混乱していた幼い自分が少しずつ一致するような気がしてきた。
 拓水は信じられないのか、耐えられなくなりそうな自分をしっかりと保とうとする為なのか、時折頭を力一杯押さえては離すような動作をしながらも最後まで聞いていた。
 話し終わる頃には日が昇っていた。だが二人に睡魔は一瞬たりとも襲って来なかった。
「要……少し仮眠したら、少し散歩に行ってみないか」
「散歩?」
「ああ。ここはいいぞ。自然が豊富で落ち着く」
「……分かった」
 要は眠れそうになかったが、それでも身体は疲れているのが分かっていたので床で仮眠を取ろうと体勢を崩した。
「お前はベッドで寝ろよ」
「いやいいよ」
「いいから」
 拓水は不機嫌そうに要を無理矢理ベッドに上げると、ぶっきらぼうに自分は床でブランケットだけ掛けて横になった。
 要は不思議と心が幼い頃に戻ったように、少し恥ずかしいが、甘えた様な気持ちになって瞳を閉じる事ができた。





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悪魔と野犬ノ仔 43話

 要は飛行機から降りると、途端に肌寒い風が首筋を撫でて肩を竦めた。
 空港からバスに乗り、市内の方へと走る道路はさすがに北海道だけあって広々としている。
 要は市内も観光スポットも一切見ず、只管ある場所を目指して交通機関を乗り継いで進んだ。
 だだっ広い道を時間を掛けてバスで乗って行くと緑の丘に点々と牛が牧草を食べているのが見えてきた。
 要は白い紙切れをポケットから出すと、そこに書かれている住所へと向かった。
 住所先は大学の敷地内にある寮だった。
 そこに書かれている部屋番号のドアのインターホンを押すと、暫くして返事が中から聞こえた。
 懐かしい、聞き覚えのある声だった。
「はい、どちらさまですか」
「……宅急便です」
 中の声の主は不思議そうな間を開けてからドアを少し開けると、要の顔を見て途端に青ざめた。
「よぉ。拓水。久し振り」
「……! 要ッ……なんでッ」
 拓水は慌ててドアを閉めようとしたが、既に要の足がドアの間に入れ込まれ、拓水が怯んでいる間に要はサッと身体を半分部屋へ捻じ込ませてしまった。
 要よりも大きい身体の拓水は怯えた目つきで部屋の奥へと逃げた。
 要はゆっくりとドアを閉めると、散らかった部屋の中に入って行った。
「お前ッ……何勝手に入って来てるんだよ! 出てけよ!」
「汚ねぇ部屋」
「うるさいッ」
 要は勝手に散らかった服やゴミを片づけ始めた。
「触るな!!」
「これ……買ってきたから後で食べて」
 要は買って来た手土産を冷蔵庫に入れた。
「……」
 突然の要の来訪と、久し振りに見た弟の成長した姿に動揺した拓水は固まった表情のまま部屋の隅で立ちつくしていた。
「拓水……老けたな」
「……はぁ?」
「うそ。格好良くなったよ」
 拓水はまるで中学生のように単純に顔を赤らめて怒ったような顔をした。
「何しに来たんだよ……俺はお前なんかに会いたくなかった」
「うん……知ってる……悪い。でも謝りたくなったっていうのと……少し顔が見たくなったから」
 拓水は驚いた顔で言葉を失った。
 今までの要とは何かが決定的に違う、まるで爪と牙を抜かれた猛獣のように思えた。
「悪かった、拓水」
 真っ直ぐ拓水を見る要の顔は青白く、不気味な美しさがあった。だが今まで見た事もない悲壮感が無表情の中に滲み出ている気がした拓水はゴクリと唾を飲み込んでから声を出そうとした。
「おま……」
「じゃあ。それだけだから」
「え?」
 要はサッと身を翻すと、そのまま玄関の方へ向かった。
「オイ! 何だよそれ! ちょっと待て!」
 拓水は慌てて要の方へ走って追いかけた。




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悪魔と野犬ノ仔 42話

「どうして俺は……忘れていたんだ」
 目覚めた要はそう呟いた。
「要ッ……!」
 ベッドの横にいた母親が駆け寄った。
「知ってたの?」
「思い出したの……?」
 母親は苦痛の表情で要を見て、そして要の冷たい手を握った。
 要はその手をそっと力なく除ける。
「ミナは……」
「あ……ああ、ミナちゃんならほら。隣で眠っているわ」
 そして母親は騒ぎのあった後の事を要に聞かれて、直接的な表現を避けながら説明した。
 説明をし終えても要の表情は変わらなかった。
「俺は……」

――とても無力だ。

「あまりに酷い状態だったからカウンセラーに、効くか分からないけれどもって自己暗示の一種なんだけども記憶を仕舞い込んで貰う治療をして貰ったの。そしたらやっぱり事実を受け止めるには幼すぎたのね……あなたの脳はちゃんと自分を守って作用してくれたの……でもいつ何がきっかけで思い出すか分からなくて……母さん怖くて……」
 要の声と目覚めに暗示が解けたように、水無月の目がゆっくりと開いた。そしてハッと気付いたようにベッドから降りた。
「ミナちゃんッ……ダメよまだ動いちゃっ」
 母親の声を振り払い、水無月は要の側へ駆け寄った。
「兄ちゃんっ……兄ちゃんっ」
 要の手を取ろうとする水無月に、要は母親にもしたようにそっと自分の手を触らせないように布団の中へ隠した。
「俺は……汚れているんだ、ミナ……だから触らないで」
「なんでっ……汚れてないよ?!」
「見えるだろ……ほら。こんなに俺は真っ黒でドロドロしている……」
 要は手を見せると、要にだけ見えるドロドロしたものを取ろうと爪を立てて手の甲を傷付け始めた。
「やめなさい要ッ……そんなものはないわ! 大丈夫だから!」
 母親と水無月は要の行為を止めさせようとしたが、要は頑として自分を触らせようとしなかった。

 次の日から、要に心理カウンセラーが尋ねる様になった。
 水無月の方もカウンセリングを受けていたが、水無月は自身の精神を支える強いものがあるという事で大丈夫だと判断され母親たちをとても驚かせた。
 カウンセラーは何度も足しげく要の元を訪ね、分析を重ねてから家族と話し合いの場を設けた。
「あの……要さんは過去の凄惨な事件を未だ生々しく引き摺っておられます。一つ確認したいのですが、要さん自身はその……加害者による性的暴行は受けられたのでしょうか」
「いえ。それは検査の結果受けていないと診断されました」
 カウンセラーは驚いたように目を大きくした。
「そうなんですか? 要さんは自分が穢されたと思っていらっしゃって……そうですか。では少し良い方向へ向く可能性があります!」
 カウンセラーはそう言うと母親たちは神に頼み事でもするような表情で「お願い致します」とお辞儀をした。
 カウンセラーから事情を聞いた要はほんの少しだけ驚いたように瞳を見開き、そして「そう……ですか……」と自分の両手を見つめた。
「まだ……見えますか? その……黒い物体というのは」
「……はい」
「そうですか……まだ急にというのは難しいかもしれませんが少しずつ時間が傷を癒してくれると思いますので焦らずにいきましょう」
「……」

 要は家に戻った。
 ずっと部屋に閉じこもり、部屋には誰にも入れようとはせず会話も極力ドア越しにするようにしていた。
 要は自分が呼吸をする度に黒煙のようなものを部屋に充満させている気がして窓だけは二十四時間空けっぱなしにしていた。
 夜になると、決まってドアの向こう側から聞こえてくる水無月のキュウキュウという心配そうな鳴き声が要の胸を詰まらせた。
 そして要は少しの荷物を手に、そのまま家を出た。

 ドアに向かって要を呼んでも返事がないのを不審に思った母親がついにドアを開けると、そこは蛻の空になっていた。
「いやァァァッ」
 悲鳴の様な泣き崩れる母親の声に水無月が駆けつけた。
「お母さんッ……! どうしたのッ」
「要がいないィィッ」
 要はもしかしたら思いつめて命でも絶つかもしれないという母親の懸念が母親を限界に追い込んだ。
「お母さんッ……大丈夫だよ! 大丈夫だから! 僕が見つけるからッ! お兄ちゃんは死ぬ事は選ばないからッ!!」
 水無月は母親の頭を抱き締め呪文のように何度もそう言い聞かせた。
 水無月は何となく勘が働いた。
「お兄ちゃん、今自分でどうにかしようと頑張ってるんだよ。だから大丈夫。僕、手伝いにいくから」
「ミナちゃん……っ」
「僕、お兄ちゃんを助けるよ、お母さん」
 母親は水無月の白くて柔らかい手を取った。
「優しい子ね……あなただって辛いのに……あの犬は、母犬だったんでしょう?」
 母親はボロボロと涙を流して頬を沢山濡らした顔で水無月を見上げた。
「うん……あの犬も、お母さんだったよ」
 水無月は、あの時残った母犬の顔とまだ暖かかった肉片の感触を思い出した。そして母親をギュッと抱き締めた。
「お母さん、大好きだった。僕にはまだここにもう一人のお母さんも、要兄ちゃんも、お父さんも拓水兄ちゃんもいるよ……まだ皆生きてる……良かった……」
 水無月は大きな瞳から暖かい涙を次から次へと零した。
「ミナちゃん……!」
 母親と水無月は互いに大切な人が生きてる喜びを分かち合うように抱き締め合った。
 そして、要には整理する期間が必要なのかもしれないと考えた家族は、暫く捜索をせずに要からの連絡を待つ事にした。





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