05/28/2013(Tue)
悪魔と野犬ノ仔 16話
「帰るぞミナ」
そう言って立ち上がった要を見て名残惜しそうな表情で水無月は母親に挨拶するように鼻先を少し近づけ、そして離れた。
水無月は要の所へ戻ると立ち上がり、そして一緒に歩き出した。振り返ると母犬はジッと二人を見たままだった。
「おい、子犬は?……いいのか?」
子犬はまだ他の子犬たちとじゃれていた。
「うん。いい。多分あそこの方が楽しい……お母さんいるし。寂しくないよ」
「……お前がいいならいいよ」
それから何度か振り返ったが、母犬は水無月たちの姿が小さくなるまでその場にいるのが見えた。そしていつの間にかいなくなっていた。
水無月は要の白い手を握った。要もその手を握り返して歩いた。
「寂しかったら、俺が居なくてもまたお母さんの所に行っていいからな。……でも今のお母さんには心配掛けないようにするんだぞ」
「うん」
「多分、もう犬たちと一緒に生活する事は社会的に出来ないと思うが、こうして交流すればいい」
「ぼく、要にいちゃんがいるから寂しくないよ。今のお母さんも、拓水兄ちゃんもいる」
「お父さんは?」
「……まだよく分かんない」
要はプッと吹き出した。
「それ、えがお、なんでしょ?」
「あ?」
要は水無月が何を言っているのか分からず立ち止まった。
「要兄ちゃん、笑って」
(笑う?)
そう言えば水無月は上手く笑顔を作れない。嬉しそうな表情はするが、笑顔はまだ練習中の筈だ。
「ぼく、要兄ちゃんのその顔、すごく好き」
「……そうか。俺もあんまり笑う事ないけど、お前もないな。じゃあ俺が笑ったら同じように笑えるか?」
「うん……やってみる」
要も意識をして良い笑顔を作った事がない為上手く説明が出来ない。
要は説明をするに当たってまずは自分の顔を見てみようと携帯を出した。鏡を持っていなかったので、カメラの機能を使おうと思った。
カメラで自分の顔を映し出し、引き攣った笑顔を見ている自分がとても滑稽に思えた。
「あ、分かった。いいか、ミナ。先ずは口を横に引いて、そして歯を出すんだ。あ、いや待て。歯は後からだ。先ずは口を横に引いてみろ」
水無月は真剣な顔をして口を横に引いた。
(こわい……)
要は水無月の不自然な笑顔にたじろいだ。
「笑顔になってないな……。あ、そうか、目が真剣過ぎるんだお前は。目を細めてみろ」
水無月は筋肉トレーニングでもするように懸命に顔の筋肉を動かした。
「おお……笑顔みたいだ! よし、じゃあそのまま歯を出してみろ」
水無月はペカッと唇を開けて歯を見せた。
かなりどこか不自然ではあるが笑顔に近い。
「笑顔みたいだ。うん。取り敢えずは練習だな。あとは鏡見て頑張れ」
水無月は「はぁーっ」と息を吐くと疲れたように緊張した顔の筋肉を摩って解した。
「嬉しいとか……可愛いなとか思うと、多分笑える」
要はそっと水無月の頬を撫でた。そして素直にこの唯一無二の存在を愛おしく思うと、優しく、柔らかい笑顔が出た。
水無月はその笑顔に瞬きも忘れ魅入っていたが、段々と頬が紅潮してきた。
「何て言うの……えと……きれい……要兄ちゃん、すごくキレイ」
「あぁ?」
要は急に恥ずかしくなって眉間に皺を寄せて水無月の柔らかい髪の毛をグシャグシャにした。
「いいからお前も笑え」
「う、うん……嬉しい事、考える……んー」
水無月は少し考えていると、要を見上げた。
(卵焼きか、犬の母さんの事でも考えてるのか)
そして水無月はふと、とても自然に、人間らしく表情が緩んだ。
「ぼく、要兄ちゃん、好き。大好き」
淡い金色の花が咲いたように見えた。
月明かりのせいなのか、水無月が白く光って見える。
その笑顔は天女のような、無垢で神々しいものだった。
要の中の黒くドロドロと渦巻いたものが一瞬にして浄化されるような、そんな感動にも似た感覚で無意識に右目から涙が一筋零れた。
水無月は何も言わず、スッと背を伸ばすと要の涙を舐めた。
「しょっぱい」
要がどんな人間だったとしても、水無月だけは受け入れてくれるような気がした。
「笑顔、出来たな」
要は水無月の頭を自分の胸に抱き寄せた。
「ほんとう?」
「ああ。でももう練習、しなくていい。笑顔、そんな出すな」
「なんで?」
「変だから」
「え!! やだっ!」
要はちょっと意地悪な笑みを向けて水無月の手を引いた。
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そう言って立ち上がった要を見て名残惜しそうな表情で水無月は母親に挨拶するように鼻先を少し近づけ、そして離れた。
水無月は要の所へ戻ると立ち上がり、そして一緒に歩き出した。振り返ると母犬はジッと二人を見たままだった。
「おい、子犬は?……いいのか?」
子犬はまだ他の子犬たちとじゃれていた。
「うん。いい。多分あそこの方が楽しい……お母さんいるし。寂しくないよ」
「……お前がいいならいいよ」
それから何度か振り返ったが、母犬は水無月たちの姿が小さくなるまでその場にいるのが見えた。そしていつの間にかいなくなっていた。
水無月は要の白い手を握った。要もその手を握り返して歩いた。
「寂しかったら、俺が居なくてもまたお母さんの所に行っていいからな。……でも今のお母さんには心配掛けないようにするんだぞ」
「うん」
「多分、もう犬たちと一緒に生活する事は社会的に出来ないと思うが、こうして交流すればいい」
「ぼく、要にいちゃんがいるから寂しくないよ。今のお母さんも、拓水兄ちゃんもいる」
「お父さんは?」
「……まだよく分かんない」
要はプッと吹き出した。
「それ、えがお、なんでしょ?」
「あ?」
要は水無月が何を言っているのか分からず立ち止まった。
「要兄ちゃん、笑って」
(笑う?)
そう言えば水無月は上手く笑顔を作れない。嬉しそうな表情はするが、笑顔はまだ練習中の筈だ。
「ぼく、要兄ちゃんのその顔、すごく好き」
「……そうか。俺もあんまり笑う事ないけど、お前もないな。じゃあ俺が笑ったら同じように笑えるか?」
「うん……やってみる」
要も意識をして良い笑顔を作った事がない為上手く説明が出来ない。
要は説明をするに当たってまずは自分の顔を見てみようと携帯を出した。鏡を持っていなかったので、カメラの機能を使おうと思った。
カメラで自分の顔を映し出し、引き攣った笑顔を見ている自分がとても滑稽に思えた。
「あ、分かった。いいか、ミナ。先ずは口を横に引いて、そして歯を出すんだ。あ、いや待て。歯は後からだ。先ずは口を横に引いてみろ」
水無月は真剣な顔をして口を横に引いた。
(こわい……)
要は水無月の不自然な笑顔にたじろいだ。
「笑顔になってないな……。あ、そうか、目が真剣過ぎるんだお前は。目を細めてみろ」
水無月は筋肉トレーニングでもするように懸命に顔の筋肉を動かした。
「おお……笑顔みたいだ! よし、じゃあそのまま歯を出してみろ」
水無月はペカッと唇を開けて歯を見せた。
かなりどこか不自然ではあるが笑顔に近い。
「笑顔みたいだ。うん。取り敢えずは練習だな。あとは鏡見て頑張れ」
水無月は「はぁーっ」と息を吐くと疲れたように緊張した顔の筋肉を摩って解した。
「嬉しいとか……可愛いなとか思うと、多分笑える」
要はそっと水無月の頬を撫でた。そして素直にこの唯一無二の存在を愛おしく思うと、優しく、柔らかい笑顔が出た。
水無月はその笑顔に瞬きも忘れ魅入っていたが、段々と頬が紅潮してきた。
「何て言うの……えと……きれい……要兄ちゃん、すごくキレイ」
「あぁ?」
要は急に恥ずかしくなって眉間に皺を寄せて水無月の柔らかい髪の毛をグシャグシャにした。
「いいからお前も笑え」
「う、うん……嬉しい事、考える……んー」
水無月は少し考えていると、要を見上げた。
(卵焼きか、犬の母さんの事でも考えてるのか)
そして水無月はふと、とても自然に、人間らしく表情が緩んだ。
「ぼく、要兄ちゃん、好き。大好き」
淡い金色の花が咲いたように見えた。
月明かりのせいなのか、水無月が白く光って見える。
その笑顔は天女のような、無垢で神々しいものだった。
要の中の黒くドロドロと渦巻いたものが一瞬にして浄化されるような、そんな感動にも似た感覚で無意識に右目から涙が一筋零れた。
水無月は何も言わず、スッと背を伸ばすと要の涙を舐めた。
「しょっぱい」
要がどんな人間だったとしても、水無月だけは受け入れてくれるような気がした。
「笑顔、出来たな」
要は水無月の頭を自分の胸に抱き寄せた。
「ほんとう?」
「ああ。でももう練習、しなくていい。笑顔、そんな出すな」
「なんで?」
「変だから」
「え!! やだっ!」
要はちょっと意地悪な笑みを向けて水無月の手を引いた。
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拍手秘コメの場合は普通コメント欄にてお返事致します。m(_ _)m
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コメント
確かに慣れない者同士が頑張っている姿は微笑ましいですね(*´∇`*)
二人で人間のモノマネしてるみたいです(笑)
> こんなに懐いている水無月を置いて 黙って東京に行っちゃうの、要?
> 置いて行かれる水無月が、裏切られたと 思うだろうな。
本当ですよ…(>_<)
可哀想な水無月がとても心配です…。
要だって離れたくはない筈なんですが…。
> 可愛い室内犬が、非情な『悪魔犬』になるかも…
> (^o・ェ・o^)ワンワン♪→U▼w▼ Uガルルルゥ...byebye☆
Σ悪魔犬!!
新しいですね!!(笑)
そういうターンの仕方とか!!(笑)
だめよーミナちゃん!!(汗
コメントどうもありがとうございました
こんなに懐いている水無月を置いて 黙って東京に行っちゃうの、要?
置いて行かれる水無月が、裏切られたと 思うだろうな。
可愛い室内犬が、非情な『悪魔犬』になるかも…
(^o・ェ・o^)ワンワン♪→U▼w▼ Uガルルルゥ...byebye☆
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