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万華鏡-江戸に咲く-13

 豆腐屋が外を通る声が聞こえる。
 日はすっかり落ちてしまっているようで、目を開けると辺りはすっかり薄暗くなっていた。
 未だボーっとして雲がかかったような頭で、暗いから電気を付ければいいのにと思って辺りを窺うと、夕飯の支度をしている抱月が視界に入って理性と思考が戻る。

 美月は先程とは違う柄のゆったりとした浴衣に着替えさせられて、布団の中にいた。
 だんだん意識を取り戻すと、先程身体に異常がきたし、麻薬でもやってしまったかのようなおかしな思考回路で、この会ったばかりの医者と身体の関係を持ってしまった事に自分自身に対しての不安と罪悪感が圧し掛かる。

 夜にバカにするなとひっぱたいておきながら、その足で別の男と関係を持ってしまった。

―運命の出会いだとは思わないか

 そんな乙女チックな口説き文句にまんまと落とされた乙女、美月は期待感と快楽に飲まれ最後までしてしまったのだ。

 起き上がろうとするが、身体に上手く力が入らない。モゾモゾ動いていると抱月は美月に気付いて、お椀に水を汲んで持ってきてくれた。水を飲むと幾分か頭も身体もスッキリする。抱月を見ると優しい眼で見ていてくれていた。何故かこの男には憎む感情も責め立てたい言葉も見当たらず、むしろ包み込まれるような安堵感が感じられる。

「俺の話・・聞いてもらえますか」
 美月は自分はどこから来たのか、どういう目的で来たのかなど一通り抱月に話した。抱月はやはり少し困惑するような顔はしていたが、それでも美月の話を懸命に聞いてくれていた。美月はそれだけでも嬉しかった。

 抱月が美月を抱きたいだけで、適当な事を言っただけに過ぎないというのは分かっていた。
 ただ、さっき抱月の口から出た「許嫁」という言葉が未だ引っ掛かっていた。
「あの・・先生。許嫁がいるって事はもうすぐ結婚するって事ですよね?」
「ん?ああ。そうだね。来月祝言を挙げる事になっている。」

(やっぱり・・)

 美月は、抱月は運命の人ではないかという淡い期待がカラカラに干上がっていく渇きを感じる。
「あの・・何で俺を抱いたんですか?体だけの目的っていうか・・こういう事、頻繁にするんですか?」
そのあからさまに不快な顔100パーセントの美月の顔を抱月は優しい笑顔で包み込んだ。
「君を抱いたのは・・そうだな。率直に言って君に欲情したからだ。」
「なっ・・!!率直過ぎます!!」
「はは。でも本当だ。こういう事というか、こんな事になったのは初めてだけど、こういう行為をする相手なら他にもいるよ。」
「あ・・そうなんですか・・」
干上がった期待はサラサラと砂になり、残った心臓が重く胃の辺りまで落ち込んでくる。

(俺だけ特別とかではなくて・・江戸の文化としてこういう行為は日常茶飯事なんだ・・な。なんか、俺バカみてぇ。結局、この人にも身体をもて遊ばれただけ・・)

 鼻の奥がツンと沁みて涙がじわりと粘膜を覆う。
「と言っても店に言って美道を買ったりそういう子を家に呼びつけて楽しんだりするだけで、君のような普通の子にこんな事したのは初めてだ。すまなかったね。嫌だったかな?でもそうも見えなかったからつい・・。」
 抱月は急に申し訳なさそうな顔をして白状する。
「というより、実は謝らないといけないんだ。先程の貰い物の線香は、実は惚れ線香で媚薬・・なんだ。身体、少しおかしかっただろう?まさか、そんなに効くとは思わなくて。でも、感じている君を見ていたら自分でも自分を止められなくなってしまって・・。すまなかった。」

(あ・・それで。俺、その薬でおかしくなってたのか・・)

 真実が分かって自分における不安が一つ解消されて安堵した。

 抱月を見ると頭を下げて詫びている。この男のした事は、普通に考えれば薬を使って大げさに言えば襲われたという事になるのだろうが、どうも怒る気になれない。むしろ身体を繋げたことで親近感が湧くような気さえした。この男のサッパリとした性格なのか、全てを受け入れてくれそうな大らかさなのか。空しさはあったが抱月の事を嫌いにはなれない気がした。例え身体だけが目的だったとしても。

「抱月って・・月を抱くからって・・ここで逢わないといけない人かもって、思って・・」
 言葉が詰まる。ここに来てから・・いや、今まで自分の事を本当に見てくれた人はいたのだろうか。皆、美月の容姿と身体にのみ興味を持っているように思えた。自分は一体何なのだろう。
 やるせない気持ちになって涙を堪えるのが精いっぱいになる。

 美月の涙を耐える顔を見ると胸が締め付けられた。自分はどんなにかこの青年を傷付けてしまったかと悔やんだ。この青年は自分を運命の人かもしれないと思って受け入れた事が大部分なのだ。それを薬を使い、欲情したからと軽々しく口に出して、あろう事に他にも簡単に抱ける相手がいるなどと言い放ったのだ。

 自分は何て愚かなのだろうか。本当は一目惚れ紛いだった、などと言う自分でも疑心暗鬼の心情を打ち明ける程子供でもなければ、相手の心理を深く読み取って気遣いの出来る大人でも無かった。

 俯いて唇を噛み締めていると抱月の腕がふわりと美月を包み込んだ。
「すまなかった。私は・・君があまりにも可愛くて、年甲斐も大人気も無くこじつけのような事を言って君を無理やり抱いてしまった。傷付けて本当にすまない。でも信じてくれ。君を抱いたのは金を払って人とする気持ちとは全く違うものだった。」

 抱月に抱きしめられ優しく髪を撫でられていると涙が頬を伝う。
 きっとこの人は深く深く優しい人なのだ。例えそれがただの慰めの言葉であっても、今の美月には救われるような思いがした。

 涙に気付いた抱月はそっと美月の頬を大きな両手で包み込んで顔を見つめると、ゆっくりと顔を近づけて涙を止めるようにそっと瞳に口付けをした。それからそっと頬にも口付けをして、唇にもふわりと触れるだけのキスをする。

 それは抱月との初めてのキスだったが不思議と美月に安心感をもたらした。

「夕飯が出来ているからこっちで一緒に食べよう。」
 優しい笑顔でそう言った抱月は、美月が起きるのを待っていてくれたのであろう。既に出来上がっている夕飯の焼き魚や漬物、味噌汁にごはんなどを手早く奥の台所から用意して並べる。
「あ、ごめん、先生。手伝いもせずに寝ちゃってて。しかも待たせちゃったみたいだし・・」
「ああ、いいよ。ほら、食べよう。」
 質素な料理にしては意外にもその素材の味がしっかりと引き出されているのに驚く。
「美味しい!」
 抱月は無邪気にほおばる美月を愛おし気に見つめる。



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