08/07/2010(Sat)
万華鏡-江戸に咲く-86
「何だよ・・改まって・・」
夜が嫌な予感で呟く。
「夜、お前美月にさっきの言葉、聞かれてたんだぞ?分かってんのか?」
抱月が厳しい表情で夜を睨むと、冷静さを取り戻した夜はサーッと血の気が失せた。
先程まで錯乱していて自分の言葉を思い返すと、それは食事の時に聞かれた美月の質問への答えのように聞こえたからだ。
夜はあの時、正直分からなかった。雪之丞を残し、一生逢えない覚悟を持って美月だけを選ぶ事が瞬時に出来なかったのだ。それが美月への愛が半端なのかと思うと、尚更簡単に答えが出せずにいた。将来の事まで見通して相手を見る事が出来ない自分の未熟さに今更ながら悔恨の情にかられた。
「抱月・・どうしよう、俺・・つい感情的になって死ぬとか言っちまって・・」
「本当だな。美月もだから俺にしておけと散々言ったのだが・・まぁ今は怒っていても仕方がない。また直ぐに雪之丞を連れて戻ってくるさ。きっと今は怒ってる。だからそれまでお前、ちゃんと自分の心にケリを付けておくんだな。」
(そうだ、雪之丞をこっちに連れて帰らなきゃならねぇ訳だから、絶対に戻る筈だ・・)
夜は、今しがた言われた美月からの言葉が、雪之丞が死ぬやもしれないと聞かされた時の衝撃とは別の痛みを感じていた。今の夜には、それは焦燥感に近い、痛みの伴う不安感だった。
(またきっと戻ってくる。その時は、俺は・・)
* * *
「良くなっただろ?」
「うん。さっきまでの苦しみが嘘みたい・・本当にありがとう美月・・」
病院で処置して貰った雪之丞は直ぐに良くなった。
雪之丞は現代で言ういわゆる“盲腸”だった訳だが、切開技術のない江戸時代、それも美月のいた年では蘭学がまだ普及されていない状態で、ただ苦しんで死を待つだけの病として絶望的なものだった。
「美月・・」
「何?」
「俺、夜七に振られちゃった」
「え?」
「前に、夜七がうちに来た時ね、誘ったんだ。身体使って。」
美月の心臓がドクンッと大きく鳴った。
「でも・・結局しなかったんだ。断られちゃった。悔しいけど、諦めるよ」
雪之丞がスズランのような笑みを涙を浮かべて見せてくる。
「別に、諦めなくていいんじゃない?」
美月の言葉に雪之丞が目を見開く。
「俺、もう分かったから。夜の答えが分かったんだ。一緒にね、現代で来てくれって頼んだんだ。江戸とはお別れをしてくれって・・でも、やっぱり江戸からは離れられない理由、ちゃんとあるって分かったから。」
淡々と話す美月の言葉に雪之丞が焦りの声を出す。
「美月・・それは、さっき夜七が言った事なら、きっと気が動転してて・・!」
「いや、もう、薄々気付いてた。やっぱり貴方には叶わないって。だから、俺は貴方を助けたんだ。俺、あいつの事、愛してて・・幸せになって欲しいって思ったから・・じゃあゆっくり休んで。明日また来るから。おやすみ」
「美月ッ」
美月は言いたい事だけを言うと足早にその場を離れた。
もう、これ以上雪之丞の顔を見て話しては居られなかった。
ウィ―ンと開く自動ドアを駆け抜けて病院の外に出ると、ギリギリで積止めていた感情と涙が腹の底から一気に押し寄せてきた。
「う・・うぅ・・う・・あ・・・」
自分も死ぬ、と言った夜の言葉が耳から離れなかった。雪之丞が居ない世界に自分は生きている意味がないという事だ。それはつまり雪之丞の生きる江戸でしか生きる意味を見出せないと、まざまざと本心を見せつけられたような気がした。
(分かっていた。分かっていたけど・・やっぱり辛いよ・・夜・・)
夜の温もりや笑顔が走馬灯のように目の前を駆け抜ける。
愛していた。魂が呼応するように抱きあった。
涙が次から次へと地面に流れ落ち、嗚咽する口元を必死に両手で押さえつけるが、くぐもった声が指の間から抜け出てしまう。
今直ぐに抱き締めて欲しいその腕に、美月はもう2度と触れる事が出来ない覚悟をしなければいけなかった。
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夜が嫌な予感で呟く。
「夜、お前美月にさっきの言葉、聞かれてたんだぞ?分かってんのか?」
抱月が厳しい表情で夜を睨むと、冷静さを取り戻した夜はサーッと血の気が失せた。
先程まで錯乱していて自分の言葉を思い返すと、それは食事の時に聞かれた美月の質問への答えのように聞こえたからだ。
夜はあの時、正直分からなかった。雪之丞を残し、一生逢えない覚悟を持って美月だけを選ぶ事が瞬時に出来なかったのだ。それが美月への愛が半端なのかと思うと、尚更簡単に答えが出せずにいた。将来の事まで見通して相手を見る事が出来ない自分の未熟さに今更ながら悔恨の情にかられた。
「抱月・・どうしよう、俺・・つい感情的になって死ぬとか言っちまって・・」
「本当だな。美月もだから俺にしておけと散々言ったのだが・・まぁ今は怒っていても仕方がない。また直ぐに雪之丞を連れて戻ってくるさ。きっと今は怒ってる。だからそれまでお前、ちゃんと自分の心にケリを付けておくんだな。」
(そうだ、雪之丞をこっちに連れて帰らなきゃならねぇ訳だから、絶対に戻る筈だ・・)
夜は、今しがた言われた美月からの言葉が、雪之丞が死ぬやもしれないと聞かされた時の衝撃とは別の痛みを感じていた。今の夜には、それは焦燥感に近い、痛みの伴う不安感だった。
(またきっと戻ってくる。その時は、俺は・・)
* * *
「良くなっただろ?」
「うん。さっきまでの苦しみが嘘みたい・・本当にありがとう美月・・」
病院で処置して貰った雪之丞は直ぐに良くなった。
雪之丞は現代で言ういわゆる“盲腸”だった訳だが、切開技術のない江戸時代、それも美月のいた年では蘭学がまだ普及されていない状態で、ただ苦しんで死を待つだけの病として絶望的なものだった。
「美月・・」
「何?」
「俺、夜七に振られちゃった」
「え?」
「前に、夜七がうちに来た時ね、誘ったんだ。身体使って。」
美月の心臓がドクンッと大きく鳴った。
「でも・・結局しなかったんだ。断られちゃった。悔しいけど、諦めるよ」
雪之丞がスズランのような笑みを涙を浮かべて見せてくる。
「別に、諦めなくていいんじゃない?」
美月の言葉に雪之丞が目を見開く。
「俺、もう分かったから。夜の答えが分かったんだ。一緒にね、現代で来てくれって頼んだんだ。江戸とはお別れをしてくれって・・でも、やっぱり江戸からは離れられない理由、ちゃんとあるって分かったから。」
淡々と話す美月の言葉に雪之丞が焦りの声を出す。
「美月・・それは、さっき夜七が言った事なら、きっと気が動転してて・・!」
「いや、もう、薄々気付いてた。やっぱり貴方には叶わないって。だから、俺は貴方を助けたんだ。俺、あいつの事、愛してて・・幸せになって欲しいって思ったから・・じゃあゆっくり休んで。明日また来るから。おやすみ」
「美月ッ」
美月は言いたい事だけを言うと足早にその場を離れた。
もう、これ以上雪之丞の顔を見て話しては居られなかった。
ウィ―ンと開く自動ドアを駆け抜けて病院の外に出ると、ギリギリで積止めていた感情と涙が腹の底から一気に押し寄せてきた。
「う・・うぅ・・う・・あ・・・」
自分も死ぬ、と言った夜の言葉が耳から離れなかった。雪之丞が居ない世界に自分は生きている意味がないという事だ。それはつまり雪之丞の生きる江戸でしか生きる意味を見出せないと、まざまざと本心を見せつけられたような気がした。
(分かっていた。分かっていたけど・・やっぱり辛いよ・・夜・・)
夜の温もりや笑顔が走馬灯のように目の前を駆け抜ける。
愛していた。魂が呼応するように抱きあった。
涙が次から次へと地面に流れ落ち、嗚咽する口元を必死に両手で押さえつけるが、くぐもった声が指の間から抜け出てしまう。
今直ぐに抱き締めて欲しいその腕に、美月はもう2度と触れる事が出来ない覚悟をしなければいけなかった。
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コメント
本当、対照的ですね^^;
夜・・優柔不断っぽいですが、ずっと雪之丞一筋だった上に自分に
変な義務付けしているのでなかなか抜け出せない状態のようです(>_<)
> 傍目からは、お似合いなのはテンテーだと思うんですが。自分にないものに惹かれるのが恋ですね!
確かにテンテーとなら凄く幸せにしてくれるって感じがしますよね!
ですがかやさんの言う通り、どうしても好きになる相手って違う人だったりしますよね。
恋めっ(>_<)
> 夜はどうするのでしょうか!?
> 美月ちゃんも雪ちゃんも失恋モードになってしまってるし・・・!
> 夜の贅沢者め・・・!!
> 今度は美月ちゃんがいない世界を疑似体験中ですね。
本当ですよ!!夜、人知れず贅沢な想いをしている!
美月と雪之丞は失恋モード・・夜、自分がそうさせてるって分かってるのか!?
美月のいない世界をとくと思い知っているところですね!
> 好きな人には幸せになって欲しい。たとえそれが、自分とではなくても。
> 美月ちゃんの健気さが沁みます~(;_;)
> カラダを使っても、夜を取り戻したかった雪ちゃんも、いじらしい~。
美月は夜にとっての幸せが雪之丞と一緒になる事だと確信してしまったので
身を引く事でベストを尽くそうとしてるんですね・・。
雪之丞も怖かった過去の体験を克服しようと身体を捧げる事を決意したのに
夜のやつ・・断って・・
> あ、12時にタイマーセットしなきゃ!
わ!タイマーセットまで!!ありがとうございます!!
コメントどうもありがとうございました
> み、美月ちゃんが泣いてしまった…おい夜くん!?早く取り戻さないと!!一生後悔しちまうぞ><
( ・ω・)ノオハ♪
あい・・泣いてる美月は時空の向こう・・
夜、どうやってそれを奪回するのか。
後悔しないようにそれぞれが行動して欲しいです(ノ△・。)
> 最悪な形で、夜君ではなく雪之丞さんの口から語られてしまった…
> うむむ、12時を楽しみにしています!!
なかなか辛い状況下での暴露だったね。
あの時はそんな事が、とショックだったと思うけど、でも
振られたって雪之丞から聞かされて胸に迫るものもあったと思う。
12時UP楽しみ、由花たんもありがとうです!!!
コメントどうもありがとうございました
エーン!o(>д<。 o)ヽ(・ω・。)ヨチヨチ
> 夜の気持ちを最優先すると自分が退かなくちゃいけないって考えたんだね―!!
はい(>_<)
夜を愛しているから夜の幸せを一番に考えてしまった結果すれ違いに(ノД`)・゜・
> なんて繊細で賢い子なんでしょう。
> ・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
美月は夜よりも大人でしたね。
□⊂(・ω・`) ナカナイデ...
> 91話で、終了?
> 長編でしたねー、ここからラストスパート!!
> お仕事帰ったらまた続きがアップされてるー、携帯から読んじゃうかもー!
> では、またのちほどー!!
はい91話で終了です!
ビックリ長編、ほぼエロメインでした!!
当初の予定の3倍長くなりました^^;
わ!お仕事の後に!!うわ~んありがとうございます!!
お疲れ様です!!
コメントどうもありがとうございました
傍目からは、お似合いなのはテンテーだと思うんですが。自分にないものに惹かれるのが恋ですね!
夜はどうするのでしょうか!?
美月ちゃんも雪ちゃんも失恋モードになってしまってるし・・・!
夜の贅沢者め・・・!!
今度は美月ちゃんがいない世界を疑似体験中ですね。
好きな人には幸せになって欲しい。たとえそれが、自分とではなくても。
美月ちゃんの健気さが沁みます~(;_;)
カラダを使っても、夜を取り戻したかった雪ちゃんも、いじらしい~。
あ、12時にタイマーセットしなきゃ!
み、美月ちゃんが泣いてしまった…おい夜くん!?早く取り戻さないと!!一生後悔しちまうぞ><
最悪な形で、夜君ではなく雪之丞さんの口から語られてしまった…
うむむ、12時を楽しみにしています!!
夜の気持ちを最優先すると自分が退かなくちゃいけないって考えたんだね―!!
なんて繊細で賢い子なんでしょう。
・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
91話で、終了?
長編でしたねー、ここからラストスパート!!
お仕事帰ったらまた続きがアップされてるー、携帯から読んじゃうかもー!
では、またのちほどー!!
> 美月ちゃん…。
Σ(゚□゚ ハッ澪ちんを泣かせてしまった!!
□⊂(・ω・`) ナカナイデ...
> 夜、一度口にしてしまった言葉は戻らないゾ。
> それを超えることを言えるなら別だけど。
そうだぞ、言葉というのは消したくても消せないものなんだぞ。
うん、確かにそれを超える何かを言うならまた変わってくるだろうね。
言えるのか?凶器に・・違った、夜に・・(どっち主体;)
ふざけてごめん m(_ _;)m
> でももう既に美月ちゃんは深い崖を隔てた向こう側に行ってしまった。
> その距離を埋められるのか?飛び越えられるのか?
行ってしまったね・・。ずっと不安だったから、やっぱ夜の事を思ってって、おかしな
方向へ行ってしまったよー!!(>_<)
距離・・埋められるのかなぁ・・
> あの日の出来事が雪之丞さんの口から語られてしまったね(>_<)
> けどあれだけ葛藤して耐えた夜の気持ちは想像出来ない。
> あと6話くらい?続きが気になる。
うん・・言われちゃったね。
それも多分凄く胸を痛めた筈。
でも、これから夜と雪之丞が幸せになるならって思ったら、身を引く方向に・・。
確かに夜に振られたって雪之丞が言った事は嬉しかったとも思う!!
でも今の美月には夜が無理してそうしたとか思っちゃってるのかも。
あぁぁ・・絡まるね・・。
うん、91話が最終話でつo(・д・。)
コメントどうもありがとうございました
> それとも、もう江戸には帰らないつもりなのかな・・・
夜はどう考えるでしょうか。
まだ美月のこんな答えも知らない夜・・何を考えているか。
美月、もう決別を決意してしまった。
いいのかそれで!?
> 私の予想では、ああなって、こうなるけどああなるはず!
> 明日の更新も楽しみです!!
あ、夕華さんが色々と予想をしている^^
聞いてみたい・・( ̄ー ̄)ニヤ...
更新楽しみにして下さって嬉しいです!ありがとうございます!
次はまた本日の昼12時UP予定です♪
コメントどうもありがとうございました
美月ちゃん…。
夜、一度口にしてしまった言葉は戻らないゾ。
それを超えることを言えるなら別だけど。
でももう既に美月ちゃんは深い崖を隔てた向こう側に行ってしまった。
その距離を埋められるのか?飛び越えられるのか?
あの日の出来事が雪之丞さんの口から語られてしまったね(>_<)
けどあれだけ葛藤して耐えた夜の気持ちは想像出来ない。
あと6話くらい?続きが気になる。
それとも、もう江戸には帰らないつもりなのかな・・・
私の予想では、ああなって、こうなるけどああなるはず!
明日の更新も楽しみです!!
コメント