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それから69話

 それは一瞬の出来事の様だった。
 凄い勢いで落下する恐怖を味わいながら、視界から誰も居なくなり独りの不安に襲われていた。
 脳裏には岩に砕かれ潰れた自分を想像して本能が生にしがみ付こうともがく。
 やはり、どんなに納得した死であれ、怖い。怖くて仕方がなかった。
 逃れる事の出来ない恐怖で叫び声を上げるが、地球の引力に引き寄せられるままに冷たい海へと落下した。

 その勢いは凄くどんどんと海の奥へ身体が沈んでいった。最初に頭部に氷水のような冷たい海水を感じ、続いて肌の出ている顔や手、そして徐々に服に水が沁み渡ってきた。
 上手く岩場を避けて落ちたのか、どこまで沈んでも何にも衝突しない。
 だが、染み込んだ服の重みは徐々に深海へと引きずり込もうとする。無意識にもがくが、半分パニックになっている状態では一体どちらの方向が海面なのかすら分からない。
 ついに酸素が足りなくなり、息が苦しくなった。空気を吸いたいのに、無意識にゴボゴボと残りの肺にある空気を出し、空気を吸おうとして海水を飲み込んでしまう。
 あまりの苦しさにパニックはピークになり、手足をバタつかせるが意識が朦朧として来た。

 すると、手首が掴まれる感覚が僅かに薄れる意識を呼び戻す。
 薄暗くぼやけた海の中で見えた人影はとても愛おしく感じられた。そして何かが唇に触れると酸素が肺に送り込まれてきてゴボゴボと水中で咳き込んだ。
そして凄い勢いで身体が何かに引っ張られるような感覚のみを味わっていると、急に周りの音がハッキリと聞こえ出した。
 だが、急いでたりない酸素を補給しようと激しく咳き込みながら空気を慌てて吸う。

「ゴッホッ・・ゲホッ・・ハァ・・グッ・・ハッ・・ハァ」
「大丈夫か!?弘夢!」
 苦しさで涙を流しながら目の前で自分を力強く支える身体にしがみ付いていた。少し落ち着くと、その人の顔を見て信じ難い気持で目を見開いた。
「淳平・・どうして・・」
「とにかく今は俺に身体を預けて力を抜いてろッ」
 そう言うと淳平は二人分の負荷をもろともしない程力強く弘夢の首元を腕に抱えて泳ぎ、防波堤のある場所まで泳いだ。
 弘夢は今自分を抱えているこの腕が淳平のものだと俄かに信じられない想いでドキドキと心臓が波打つ。
 防波堤まで辿り着くと重い身体を引きずる様にして二人で石の上に倒れ込んだ。


 膝を付いたまま呆然としている木戸に時枝がゆっくりと近づくと、ザッと立ち上がった木戸が時枝の細い腕を掴んだ。その凄い力で手首が折れてしまいそうだった。
 だが、時枝は素直な気持ちで木戸を見つめる。
「木戸さん、もう無理だと分かっていたでしょう?貴方にこれ以上辛い想いはさせたくなかった。」
 すると手首を更に強く掴まれ血が止まる。
「・・ッ・・お怒りなら、私を好きにすればいい。ですが、これだけ言わせて下さい。」
 木戸の瞳は怒りで煮え滾っている光と、悲しみで濡れた色を同時に兼ね揃えていた。
「貴方を愛してます。ずっと、愛してました。貴方と初めて出会った日から・・ずっと。貴方だけを」
 木戸の瞳が大きく見開かれ、そして手首の力が緩まった。
「何・・だ、それは・・」
 木戸の驚いた顔を見て、時枝は少し笑った。

「全く・・どうしようもない鈍感なお人だ・・ふふっ」
 初めて見る時枝の笑顔に、木戸は止まっていたような心臓がドクンッと蘇生されたような衝撃に襲われた。
 その笑顔は、初めて木戸が弘夢の笑顔を見た時と同じような感覚を木戸にもたらした。
 一種感動にも近い衝撃きだ。その感覚をもう一度味わえるとは思っていなかった。

(何だ・・この感覚は・・)

「因みに、弘夢くんなら大丈夫です。」
「・・どういう事だ?」
「ここから飛び下りても岩礁は一つもありませんから、溺れない限り死にません。」
 木戸はその小悪魔の様な笑顔の時枝を呆然と見る。

「私は、貴方を手に入れる為なら何だってします。慶介さん、もう、私だけを見て頂けませんか」
 そう言ってそっと木戸の広い胸の中に入り込むと、黒い手袋の先を噛んで手袋から冷たい手を出した。そしてそっと木戸の頬を触り、顔を引き寄せてゆっくりと唇を重ねた。
 海風で冷えた時枝の唇が重なると、それはしっとりと柔らかくて気持ちが良かった。
 鈍感な木戸は一度に明かされる色々な事に困惑していた。木戸は少し戸惑う様な素振りで視線を泳がせると、時枝がもう片方の手で木戸の顔を正面に向けさせる。

「今は無理でもいいです。ゆっくり私を見て下さい。」
 思いがけない時枝の告白と行動に、木戸は思った以上の衝撃を感じた。
 攻めに興じてきた木戸は攻められるのは初めてで固まる自分にすら驚いていた。
 時枝はそんな事はお構いなしにクールに質問してくる。
「あ、そう言えば弘夢くんの首輪の暗証番号なんですが・・」
 そう聞かれて木戸はおずおずと答えた。
「あ・・あぁ・・1111だ。」
 時枝はその番号を聞いてハッと顔を上にあげた。
「木戸さまが付けて下さった・・私の誕生日・・?」
 木戸は少し力を抜いていつもの余裕のある顔に戻った。そして時枝の肩を抱いて車の方へと歩きながら話した。
「そうだ。俺の一番好きな数字をお前にやったんだ。あいつの誕生日なんか付けたら直ぐにお前に解除されそうだからな。」

(木戸さまが作って下さった私の誕生日・・木戸さまの一番好きな数字・・)

「それは盲点でした。まさか自分の誕生日をだなんて絶対に一番にリストから外しますから」
 時枝は今までで一番幸せな気持ちになった。
「木戸さまはそんなに1という数字が好きなんですか?」
 時枝は少し笑いを堪えるように聞く。
「あぁ。何でも1番が好きなんだ」
 そして自分よりも頭一つ大きな木戸の寂しげに笑う顔を見上げた。

「私は貴方が1番好きですよ。一生お傍にいます。」
 その言葉に木戸は不敵な笑みを浮かべて見返してきた。
「じゃあ、取り敢えず今日は飲みにでも付き合ってもらおうか」
 すると時枝はいつものクールな仕事様の顔に変わり、サッと手帳を取り出してこの近辺にあるバーのリストを検索し出した。
 その様子を木戸は可笑しそうに上から見た。



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★「それから」はすれ違った後に(全10話)の続編です。 

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