09/06/2010(Mon)
それから68話
「あと・・5分ですね。覚悟は宜しいですか?」
後ろから時枝の声がする。
「・・・・・」
弘夢はジッとただ濃い灰色と薄い灰色のまだら模様になっている曇天の空を見つめていた。
最後に願うなら、本心を打ち明けたかった。ただ、心の底からお前を愛していると。
遠くの方から激しいエンジン音が近づいてきたのに気付いて時枝が振り返る。
「間に合ってしまいましたか・・」
その声に後ろを振り返ると、必死に走って来る木戸の姿が見えた。
「木戸・・さん?どうして・・」
「私が連絡を入れたんですよ。仕事の予定は報告しないといけませんから。」
初めて見る木戸の慌てて走る姿に、少し胸が痛む。
「弘夢ッ!弘夢―ッ!」
木戸が後10メートルという所まで来た時だった。
「そこでお止まり下さい、木戸さま。それ以上いらしたら予定を速めなければなりません」
時枝がそっと腕を掴んで立ち上がらせ、崖の方へほんの少し押すとジャリッと小石の音が響いて足が竦む。
木戸は肩で息をしながら時枝を睨みながらも止まった。
「言いたい事は分かっております。ですが、これはあくまで弘夢くんの意志ですので。」
時枝は木戸の視線を氷のような冷やかな視線で返すと、木戸はギリッと歯を喰いしばった。
「弘夢ッ戻って来い!お前ッ・・自殺なんかしたらどうなるか分かってるのか!?許さないぞ!」
死んだら許すも許さないもないのに、こんな時まで偉そうに脅す木戸が何やら不謹慎にも弘夢は愛おしく感じてしまった。
自分はここに来て、改めて木戸に愛されていた事を実感できて嬉しさが込み上げてきた。
「因みに、渡にも連絡は入れてあります。彼が淳平くんを連れてくるか、この事を知らせないでそのまま幸せな生活を続けるかは、彼の判断に任せました。」
その言葉に妙な可笑しさが込み上げてきた。あと3分程度だというのに、クスクスと笑みが零れ出す。
「ふふふっ・・渡くんが、言う筈ないじゃないですか・・クスクス」
「そうですかね・・。皆、色々と気付いてしまうものもあるんじゃないんですか。私もその一人です」
笑いは瞬時に止まり、時枝の顔を見るとほんのりと穏やかな、自分の中の何かを認めたような顔をしていた。初めて見る時枝の自分の意志の籠った目はとても美しかった。そしてその瞳が何かを捉えた。
「ほら・・・もう一人、気付いた人が・・」
そして視線を向けると、そこには砂煙を上げて走って来る、もう二度と逢う事は無いと思っていた男の姿があった。
「あと2分」
時枝は時計を見る。
木戸も淳平の姿を見るとギリギリと歯を更に喰いしばり拳を作る。
「弘夢―ッ!弘夢ぅぅッー!」
弘夢の内側から熱いものが湧き上がって来た。
―逢えた・・
きっとこの距離なら間に合わない。今素直に伝える事が出来る唯一の瞬間なのだろう。
弘夢は真っ直ぐ正面を向いて立った。
「木戸さん」
弘夢に呼ばれた木戸は無理矢理力ずくで時枝を押さえ、弘夢を掴もうとしていた身体を強張らせた。
「愛してくれて、ありがとうございました。俺、木戸さんの事、少し好きでしたよ」
「弘・・夢・・」
「一番に愛せなくて、ごめんなさい。俺、やっぱりアイツじゃなきゃ駄目みたいでした」
本当は自分の事は弘夢の視界にも入れて貰っていないと思っていた木戸は、初めて本心から言われた“好き”という言葉に膝が崩れた。
―嫌われて無かった・・
「弘夢・・・っ・・!」
木戸は手を口元に当てる。
「あと、20秒」
弘夢は走り込む淳平の姿を微笑んで見つめていた。そして大きく息を吸い込んで叫んだ。
「淳平―ッ!」
淳平にはハッキリとその声が届いているが、走る足を更に速める様に返事もせずに砂煙を上げる。
(お願いだ・・間に合ってくれ・・!)
弘夢は声を届かせる様に両手を口に当てて遠くまで聞こえるように叫んだ。
「俺は・・っ・・お前を愛してるーッ!!」
弘夢の目尻にじわりと熱い涙が浮かぶ。
「愛してる淳平―ッ!!・・っ・・お前だけ・・をっ・・うぅ・・愛してる!!」
幾年月もすれ違って来たこの想いを最後の瞬間に届ける様に、伝える事が赦されるこの瞬間に精一杯叫んだ。
「弘夢―ッ!!」
(あと少し!!)
淳平が木戸の横を通り過ぎる所まで来た瞬間、腕を掴まれて動を止められた。
「行かせないッ」
「な・・・・ッ!!」
「時間です。」
そして時枝はポンッと軽く弘夢の身体を海の方へ押した。
バランスを崩してゆっくりと身体が斜めになると、視界はどんどんと上へ向いた。
今更無意識に何かに掴まろうとする手が空中でもがく。
そして弘夢は全員の視界から消えた。
「弘夢ぅぅぅうううーッ!!」
木戸が膝を付いたまま叫び声を上げると同時に淳平が木戸の手を振り払った。
「悪ィな・・俺はもう、アイツとは離れないッ!諦めろッ」
そういうと淳平は迷わずスピードを緩める事をせずに走り込んだ。
「な・・にを・・」
木戸は呆然とその様子を見る。時枝も静かにその様子を黙視する。
そしてそのまま弘夢の消えた場所に思い切り飛び込んだ。
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後ろから時枝の声がする。
「・・・・・」
弘夢はジッとただ濃い灰色と薄い灰色のまだら模様になっている曇天の空を見つめていた。
最後に願うなら、本心を打ち明けたかった。ただ、心の底からお前を愛していると。
遠くの方から激しいエンジン音が近づいてきたのに気付いて時枝が振り返る。
「間に合ってしまいましたか・・」
その声に後ろを振り返ると、必死に走って来る木戸の姿が見えた。
「木戸・・さん?どうして・・」
「私が連絡を入れたんですよ。仕事の予定は報告しないといけませんから。」
初めて見る木戸の慌てて走る姿に、少し胸が痛む。
「弘夢ッ!弘夢―ッ!」
木戸が後10メートルという所まで来た時だった。
「そこでお止まり下さい、木戸さま。それ以上いらしたら予定を速めなければなりません」
時枝がそっと腕を掴んで立ち上がらせ、崖の方へほんの少し押すとジャリッと小石の音が響いて足が竦む。
木戸は肩で息をしながら時枝を睨みながらも止まった。
「言いたい事は分かっております。ですが、これはあくまで弘夢くんの意志ですので。」
時枝は木戸の視線を氷のような冷やかな視線で返すと、木戸はギリッと歯を喰いしばった。
「弘夢ッ戻って来い!お前ッ・・自殺なんかしたらどうなるか分かってるのか!?許さないぞ!」
死んだら許すも許さないもないのに、こんな時まで偉そうに脅す木戸が何やら不謹慎にも弘夢は愛おしく感じてしまった。
自分はここに来て、改めて木戸に愛されていた事を実感できて嬉しさが込み上げてきた。
「因みに、渡にも連絡は入れてあります。彼が淳平くんを連れてくるか、この事を知らせないでそのまま幸せな生活を続けるかは、彼の判断に任せました。」
その言葉に妙な可笑しさが込み上げてきた。あと3分程度だというのに、クスクスと笑みが零れ出す。
「ふふふっ・・渡くんが、言う筈ないじゃないですか・・クスクス」
「そうですかね・・。皆、色々と気付いてしまうものもあるんじゃないんですか。私もその一人です」
笑いは瞬時に止まり、時枝の顔を見るとほんのりと穏やかな、自分の中の何かを認めたような顔をしていた。初めて見る時枝の自分の意志の籠った目はとても美しかった。そしてその瞳が何かを捉えた。
「ほら・・・もう一人、気付いた人が・・」
そして視線を向けると、そこには砂煙を上げて走って来る、もう二度と逢う事は無いと思っていた男の姿があった。
「あと2分」
時枝は時計を見る。
木戸も淳平の姿を見るとギリギリと歯を更に喰いしばり拳を作る。
「弘夢―ッ!弘夢ぅぅッー!」
弘夢の内側から熱いものが湧き上がって来た。
―逢えた・・
きっとこの距離なら間に合わない。今素直に伝える事が出来る唯一の瞬間なのだろう。
弘夢は真っ直ぐ正面を向いて立った。
「木戸さん」
弘夢に呼ばれた木戸は無理矢理力ずくで時枝を押さえ、弘夢を掴もうとしていた身体を強張らせた。
「愛してくれて、ありがとうございました。俺、木戸さんの事、少し好きでしたよ」
「弘・・夢・・」
「一番に愛せなくて、ごめんなさい。俺、やっぱりアイツじゃなきゃ駄目みたいでした」
本当は自分の事は弘夢の視界にも入れて貰っていないと思っていた木戸は、初めて本心から言われた“好き”という言葉に膝が崩れた。
―嫌われて無かった・・
「弘夢・・・っ・・!」
木戸は手を口元に当てる。
「あと、20秒」
弘夢は走り込む淳平の姿を微笑んで見つめていた。そして大きく息を吸い込んで叫んだ。
「淳平―ッ!」
淳平にはハッキリとその声が届いているが、走る足を更に速める様に返事もせずに砂煙を上げる。
(お願いだ・・間に合ってくれ・・!)
弘夢は声を届かせる様に両手を口に当てて遠くまで聞こえるように叫んだ。
「俺は・・っ・・お前を愛してるーッ!!」
弘夢の目尻にじわりと熱い涙が浮かぶ。
「愛してる淳平―ッ!!・・っ・・お前だけ・・をっ・・うぅ・・愛してる!!」
幾年月もすれ違って来たこの想いを最後の瞬間に届ける様に、伝える事が赦されるこの瞬間に精一杯叫んだ。
「弘夢―ッ!!」
(あと少し!!)
淳平が木戸の横を通り過ぎる所まで来た瞬間、腕を掴まれて動を止められた。
「行かせないッ」
「な・・・・ッ!!」
「時間です。」
そして時枝はポンッと軽く弘夢の身体を海の方へ押した。
バランスを崩してゆっくりと身体が斜めになると、視界はどんどんと上へ向いた。
今更無意識に何かに掴まろうとする手が空中でもがく。
そして弘夢は全員の視界から消えた。
「弘夢ぅぅぅうううーッ!!」
木戸が膝を付いたまま叫び声を上げると同時に淳平が木戸の手を振り払った。
「悪ィな・・俺はもう、アイツとは離れないッ!諦めろッ」
そういうと淳平は迷わずスピードを緩める事をせずに走り込んだ。
「な・・にを・・」
木戸は呆然とその様子を見る。時枝も静かにその様子を黙視する。
そしてそのまま弘夢の消えた場所に思い切り飛び込んだ。
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