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小悪魔な弟 31話

「あの位の年の子はさ、勘違いしやすいし影響もされやすいんだよ、久耶。俺、まさか久耶がそこまでやるとは思ってなくて正直びっくりした」
「だが、協力するって……お前だってイヤがってもそれは」
「うーん……これはその気にさせないようにした方がいいね」
 透は久耶の言葉を遮るように好きな事を好きなタイミングで話す。こういう所が潤に似ていて、久耶はどうにもペースを透に無意識に合わせてしまう。

 透は久耶を面白半分で煽ったはいいが、本気で実行する性格だとは思っていなかったようだ。
「取り敢えずこれからは兄弟だから無理なんだよって事を示していかないといけないね。久耶だって困るだろう? 下手に傷つけるよりもこうして少しずつ距離を離していった方が向こうもそのうち気付くと思うんだ」
 言われればそうだと久耶は納得する。潤を付き合う対象だと考える事自体、何か信じられない。
 潤の事は可愛いし色っぽい所もあり、つい変な事をして興奮してしまったりもしたが、それも久耶の中で弟という範疇(はんちゅう)を超えていない。
 考えてみると良かれと思ってした協力はもしや潤にとって逆効果になっているような気がしてきた。
 何が一番潤にとっていいのか分からない久耶は、今度は少し距離を置いてみる事にした。


 少し遅めに帰って来た久耶の気配を感じ取った潤は飛ぶようにして玄関まで迎えに行った。
「お帰りっお兄ちゃん!」
「あぁ。ただいま」
 久耶は潤と目を合わせようとしない。潤は久耶を下から覗き込むようにして視界に入ろうとするが、スッと目を瞑ってポンといつものように潤の頭に軽く手を乗せると洗面所へ入って行った。
 
(疲れてる……のかな?)

 夕飯時になっていくら潤が久耶に向かって話しかけても久耶の視線が潤の視線とぶつかる事はなかった。
 この間は潤がそんな感じだった。今回は久耶が急に態度が違う。そんな兄弟の微妙な空気に敏感な母は気付きながらも普通に接してくれていた。父はいつもと変わらず寡黙に丁寧にご飯を平らげていた。

 部屋に入って行った久耶を追い掛けて潤が部屋に入るが、振り向きもしない久耶にさすがの潤も不安が一気に胸の中で膨張した。
 もしかしたら自分とあんな行為をした事で気持ち悪くなって嫌われてしまったのではないかと涙が出そうになった。
「お兄ちゃん……」
「何だ」
 
(やっぱり振り向いてくれない)

「あのっ」
「悪いが今から勉強だから……」
 潤はそっと勉強机の前で座る久耶に背後に近付くと、ギュッと抱き付いた。

(兄ちゃんっ!)

「潤、今から、勉強するから」
「っ……。ごめん、なさい」

 静かに拒否されたように感じた潤はこれ以上久耶の機嫌を損ねたくなくて素直に部屋に戻った。

(ごめんな、潤。でもお前の為だから)

 部屋に戻った潤はおもむろに勉強道具を机の上に広げて椅子に座った。
 もしかしたら本当に疲れているだけで、勉強が忙しいだけかもしれない。きっと明日になればいつもの久耶に戻る筈だと自分の都合のいい解釈を信じるしか出来なかった。
 潤は次々と湧いて来る涙を邪魔くさそうに指先で救ってはTシャツで拭いた。

 だが次の日も、その次の日も久耶の作った見えない壁はいつまで経っても無くなる事はなかった。
 潤は思い切って何故急に冷たくなったかと聞いても「別にいつもと一緒」としか答えてはくれなかった。
 協力をして欲しいと頼み込んでも「今は忙しい」の一点張りで協力は一切してくれなくなった。

「兄ちゃん、僕の事、嫌いになったの?」
 潤が苦しそうにそう言うと、久耶は決まってその時だけは潤の目を見て優しく答えてくれた。
「俺が弟のお前を嫌いになんてなる訳ないだろう?」
 潤は久耶をズルイと思った。好きとは言わない代わりに嫌いにはならないと、こういう時だけ優しく目を見て言ってくる。
 これでは怒るに怒れなかった。ただただ苦しい切なさが潤の肩を落としていった。



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