07/10/2011(Sun)
妄想列車 1話
俺は後ろからドーンという衝撃と共に、玉突き事故のように勢いよく後ろから電車に押し込まれた。
鮨詰めとはよく言ったものだ。見事な表現としか言いようがない。
巨人から見たら、きっと蟻んこのような我々人間が小さな鉄の箱の中に我も我もとギチギチに入っていくように見えるのだろう。
そう考えただけで気持ちが悪くなる。
本来言葉すら交わす事のない赤の他人同士が恋人さながらに密着するのには笑える。
(あっつ……)
真夏だというのに明らかに送風としか思えない生ぬるい風が一定のリズムで脳天をやわやわと撫でていく。
マナーモードにし忘れた俺の携帯がけたたましいメール着信音を響かせて慌ててポケットからもぞもぞと取り出す。
『森(しん)ちゃん、おは! 今日飲みに行こうよ~! 決定~! じゃまた会社で☆』
森という字を書いてシンと読ませるこの名前で今まで沢山のあだ名を授かった。でも別に嫌だと思った事はなく、寧ろ案外気に入った名前だった。
朝っぱらから酒の話をよくするなぁと半分呆れる。こういうメールをするのはいつも面倒を見てくれる仲の良い清水先輩だ。
俺はそそくさと携帯をマナーモードに直してポケットに仕舞い込んだ。
前後左右の人たちの背中や腕から、じとっとした汗が滲み出るのが分かる。
自分の額からダラダラと熱い汗が流れてスーツにポタポタ落ちる音が聞こえた。
せめて社会に貢献する俺たちサラリーマンに、電車という戦場をキンキンに冷えたオアシスに変えてくれても罰は当たらないと思う。
このストレスのせいで仕事に支障が出たら生産性が悪くなるんじゃないだろうか。きっとここにいる皆もそう思っているに違いない。何故なら皆同じようにしかめっ面をしているからだ。
電車がガタンと不穏な音を立ててほんの少しカーブした。それだけで蟻んこの俺達は大移動する。他人に体重を預けるといつもこうだ。
窓側や吊革の場所は危険地帯だ。全員の体重がこの身に襲ってくる。だからいつも中央に位置しようと踏ん張っていた。だが今回は随分と流されて、辿り着いた場所は地獄一丁目、お日様が良く見える窓際だった。
(そこはっ……そこだけは嫌だぁぁあっ)
俺の心の叫びは虚しく、俺よりも体格のいいオバサンの出っ張ったお尻に追い込まれてしまった。
何故かスピンまで掛けられて太陽光で十分に熱せられたドアに背中向けになってしまった。こんなに太陽熱を蓄積するなら、いっそ車両の外側にソーラーパネルを設置してそのエネルギーで是非ともクーラーを稼働させて欲しい。
(げぇぇッ! 来るなぁッ、やめろぉぉーッ)
大勢の暑苦しい顔と向き合いになって懸命に圧し掛かる体重に抵抗する。
腕の筋肉が乳酸を大量に蓄積してくる。痺れがきて、ついに腕が完全にドアに付いてしまった。
途端に人の肩が俺の腕をドアにロックする。
完全に身動きが取れない。これで次に大きく右に傾いたら、きっと俺は肋骨が折れて死ぬと思う。
そう思った矢先だった。意地の悪い電車は思い切り右へとカーブをした。
カタカタカタと人の小刻みに動く靴の音を序章に、スーツの波が襲って来て俺は大きく息を吸い込んだ。
でないと肺を潰されて息が出来なくなると思ったからだ。
覚悟を決めた瞬間、少し斜め前に居たサラリーマンらしき男が器用に揺れに合わせて俺の前に入って来た。
「え……」
男は少し腰を突きだすようにして、そして俺の顔を挟むようにしてドアに手をかけて突っ張った。
お陰で俺は潰されなくて済んだが代わりに男が全員の体重を一気に引き受けていた。
男は俺よりも少し背が高いくらいだが腰を曲げているせいで丁度俺と目線が一緒だった。
男に守って貰うのは何だか自分が情けなく感じた。大体、何でこの男はわざわざ俺の前に来たのか。たまたま動いて辿り着いたのか。
とにかくこの場は助かったが、俺は男のコメカミを流れる汗を見て、段々と申し訳なくなってきた。
「くっ……」
それまで下向きに耐えていた男だったが、電車の大きな揺れに一気押し潰されてしまった。
(ちょっ……と……まじかよ……)
潰された男はぴったりと真正面から俺とくっついた。男の黒髪が俺の頬に当たる。仄かにシャンプーの良い匂いがして、無意識にクンクン嗅いでしまった。俺好みのマリーン系の香りだったからだ。
男は何とかドアに肘を立てて俺との間にスペースを作ろうとしていた。
俺は逆に気を使って気が気じゃない。もうそれ以上無理しなくていいと言ってやりたい。
横にいた太ったサラリーマンが体勢を整えようと肘を突き出した。それまで顔を横にしていた男がそれを避けようとふいに顔を真正面に向けた。
顔がぼやける手前、ハッキリと間近で見える距離が、初対面だった。
次へ>>
珍しく一人称で書きました ∑(°ロ°*)
なかなか更新出来ずスミマセン;
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お礼画像あり☆6種ランダム
鮨詰めとはよく言ったものだ。見事な表現としか言いようがない。
巨人から見たら、きっと蟻んこのような我々人間が小さな鉄の箱の中に我も我もとギチギチに入っていくように見えるのだろう。
そう考えただけで気持ちが悪くなる。
本来言葉すら交わす事のない赤の他人同士が恋人さながらに密着するのには笑える。
(あっつ……)
真夏だというのに明らかに送風としか思えない生ぬるい風が一定のリズムで脳天をやわやわと撫でていく。
マナーモードにし忘れた俺の携帯がけたたましいメール着信音を響かせて慌ててポケットからもぞもぞと取り出す。
『森(しん)ちゃん、おは! 今日飲みに行こうよ~! 決定~! じゃまた会社で☆』
森という字を書いてシンと読ませるこの名前で今まで沢山のあだ名を授かった。でも別に嫌だと思った事はなく、寧ろ案外気に入った名前だった。
朝っぱらから酒の話をよくするなぁと半分呆れる。こういうメールをするのはいつも面倒を見てくれる仲の良い清水先輩だ。
俺はそそくさと携帯をマナーモードに直してポケットに仕舞い込んだ。
前後左右の人たちの背中や腕から、じとっとした汗が滲み出るのが分かる。
自分の額からダラダラと熱い汗が流れてスーツにポタポタ落ちる音が聞こえた。
せめて社会に貢献する俺たちサラリーマンに、電車という戦場をキンキンに冷えたオアシスに変えてくれても罰は当たらないと思う。
このストレスのせいで仕事に支障が出たら生産性が悪くなるんじゃないだろうか。きっとここにいる皆もそう思っているに違いない。何故なら皆同じようにしかめっ面をしているからだ。
電車がガタンと不穏な音を立ててほんの少しカーブした。それだけで蟻んこの俺達は大移動する。他人に体重を預けるといつもこうだ。
窓側や吊革の場所は危険地帯だ。全員の体重がこの身に襲ってくる。だからいつも中央に位置しようと踏ん張っていた。だが今回は随分と流されて、辿り着いた場所は地獄一丁目、お日様が良く見える窓際だった。
(そこはっ……そこだけは嫌だぁぁあっ)
俺の心の叫びは虚しく、俺よりも体格のいいオバサンの出っ張ったお尻に追い込まれてしまった。
何故かスピンまで掛けられて太陽光で十分に熱せられたドアに背中向けになってしまった。こんなに太陽熱を蓄積するなら、いっそ車両の外側にソーラーパネルを設置してそのエネルギーで是非ともクーラーを稼働させて欲しい。
(げぇぇッ! 来るなぁッ、やめろぉぉーッ)
大勢の暑苦しい顔と向き合いになって懸命に圧し掛かる体重に抵抗する。
腕の筋肉が乳酸を大量に蓄積してくる。痺れがきて、ついに腕が完全にドアに付いてしまった。
途端に人の肩が俺の腕をドアにロックする。
完全に身動きが取れない。これで次に大きく右に傾いたら、きっと俺は肋骨が折れて死ぬと思う。
そう思った矢先だった。意地の悪い電車は思い切り右へとカーブをした。
カタカタカタと人の小刻みに動く靴の音を序章に、スーツの波が襲って来て俺は大きく息を吸い込んだ。
でないと肺を潰されて息が出来なくなると思ったからだ。
覚悟を決めた瞬間、少し斜め前に居たサラリーマンらしき男が器用に揺れに合わせて俺の前に入って来た。
「え……」
男は少し腰を突きだすようにして、そして俺の顔を挟むようにしてドアに手をかけて突っ張った。
お陰で俺は潰されなくて済んだが代わりに男が全員の体重を一気に引き受けていた。
男は俺よりも少し背が高いくらいだが腰を曲げているせいで丁度俺と目線が一緒だった。
男に守って貰うのは何だか自分が情けなく感じた。大体、何でこの男はわざわざ俺の前に来たのか。たまたま動いて辿り着いたのか。
とにかくこの場は助かったが、俺は男のコメカミを流れる汗を見て、段々と申し訳なくなってきた。
「くっ……」
それまで下向きに耐えていた男だったが、電車の大きな揺れに一気押し潰されてしまった。
(ちょっ……と……まじかよ……)
潰された男はぴったりと真正面から俺とくっついた。男の黒髪が俺の頬に当たる。仄かにシャンプーの良い匂いがして、無意識にクンクン嗅いでしまった。俺好みのマリーン系の香りだったからだ。
男は何とかドアに肘を立てて俺との間にスペースを作ろうとしていた。
俺は逆に気を使って気が気じゃない。もうそれ以上無理しなくていいと言ってやりたい。
横にいた太ったサラリーマンが体勢を整えようと肘を突き出した。それまで顔を横にしていた男がそれを避けようとふいに顔を真正面に向けた。
顔がぼやける手前、ハッキリと間近で見える距離が、初対面だった。
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コメント
確かに、いきなり守ってくれたこのお方は誰なのでしょう(//∀//)
何気なく、さりげなく電車で守ってくれると
(しかもそれがイケメンという奇跡だと)
かなりドキドキだと思います!!
あはは(≧∀≦)
匂いクンクンしちゃいました(笑)
ふわっと好きな匂いが来ると思わずクンクン
しちゃいます(笑)
これからどうなるかです~(´∀`*)
コメントどうもありがとうございました
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