2ntブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--:-- | スポンサー広告 | edit | page top↑

貴方の狂気が、欲しい 3話

 結局一睡もしなかった時枝は車を先に暖めて木戸が乗り込んでくるのを待った。
 大柄な木戸の姿が見えると、時枝は素早く後ろのドアを開けて迎える。
「助手席でいい」
 自分で助手席のドアをさっさと開けて乗り込む木戸に軽く溜息をついて、時枝は運転席に戻った。
 朝方まで若い男の子を弄んでいた割にはきっちり八時間睡眠でも取ったような表情で助手席に座る木戸を、時枝は何とも言えない気持ちで眼鏡の奥から覗いた。
 木戸は、夜の声が時枝に聞こえる事も分かっていた筈だ。わざとだったのか、時枝に気持ちが無いからと構わなかったのか、どちらにしても酷い男だと時枝は思った。

(酷い男なのは昔から知っている筈なんだが)

 木戸を都内のオフィスに送り届けた時枝は、その足で見慣れた男の住む場所へと向かった。
 車の中で目当ての男の姿が出てくるのを静かに待った。タバコを吸わない時枝は、こういう時タバコでも吸えていたら少しは気が紛れるものなのだろうかとふと考えた。
 三十分程経つと、マンションのエントランスからスラリとした綺麗な男が出てきた。
 ついこの間までずっと一緒にいた弘夢だ。
 自分と居る時には見せなかった穏やかな顔は、元々妖艶な雰囲気に加えて更に魅力的に見せていた。
 幸せそうな笑顔の先には、愛する相手が自分を迎えに来てくれた時のものだった。
 弘夢のしなやかな身体を迷いなく抱き締めているのは淳平だった。

(あの子の今の笑顔を木戸様に向けられていたら、どんなに木戸様は幸せだっただろう)

 あの笑顔が欲しくて全て奪って来た木戸を思うと不憫だった。
 そう思った途端、時枝はモヤモヤと胸の奥の纏わりつく黒い霧のような物を感じた。
 別に木戸に命令をされた訳でもないのに、時枝は何となく二人の姿をもう一度見たかった。
 ただそれだけだった。
 時枝は二人の姿と笑顔を確認すると、そのまま車を発車させた。

 時枝の幼い頃の記憶の中には色々な人物と、日本ではないどこかの景色が幾つかあった。
 今となっては一体誰だったか分からない、年配の男と暮らしていた記憶もある。
 決して普通の家とは言い難い、寧ろ隣の部屋の音が丸聞こえするような小汚い場所で、白髪交じりで深いシワのある男の機嫌を極力損ねないようにしていた事を覚えている。
 恐らく幼稚園に通う位の年だったように思えるが、時枝自身が言葉を発した記憶は殆どなかった。
 その男の事と、後はよく知らない化粧の濃い女性がお持ち帰り用の紙パックに入った安い中華料理を晩ご飯にいつもくれた事も朧気に記憶していた。
 暫くその女性と一緒に暮らしていた事もあったからだろう。
 時枝は息苦しかった。
 無条件に甘えられる「親」という存在が普通、大半の人間にあるという事も知らず、中国語や英語など違う言語が飛び交い何も理解が出来なかった。
 不安定な心のバランスを保つ為、時枝は幼いながらに懸命に分析した。その人の発する言葉と表情を重ねてその意味を推測した。
 
 時枝が七歳頃、見た事もない清潔で、やけに整った顔立ちが印象的な男と出会った。
 それは衝撃だった。
 小汚い部屋に不釣り合いの出で立ちで、その立派ななりの男は何度か時枝に会いに来た。
 最初は笑顔を向けてくれ、次に頭を撫でてくれた。そんな事をして貰ったのは初めてだったので固まってしまったが、悪い気分ではなかった。
 それが今の木戸の父である、木戸由朗よしろうだった。
 時枝は自分についての細かい事は今でも知らない。何故なら成長してから由朗に自分の事を尋ねた時、「昔の事は忘れなさい」と言われたからだ。
 結局のところ、そのうちに自分は売られたのだと認識し、生きて行くのに由朗に従う事に決めた。
 由朗の趣味なのか気紛れなのか、彼はよく色々な国へ出掛けると、まるでショッピングでも楽しむかのように時枝のような身元の曖昧な子供を連れ帰って来た。
 時枝は元々物静かで慎重な性格をしていたが、由朗の言った言葉で胸が高鳴った事があった。
「お前は美しい。飛び抜けて美しい。もっと賢くなりなさい。そして私の言う事を聞いて役に立ちなさい。そうしたら私はきっとお前を最も信用する使用人としてずっと側に置いておくよ……美香メイシャン……いや、かおる
 由朗は時枝の名を香と呼んだ。その時から時枝の中で、自分の名が香となった。
 後から聞いた話では、時枝の母親は日本人だったようだった。そして幼少期を過ごした東洋人ばかりいた中国らしき場所はニューヨークのチャイナタウンだという。
 日本人の母親は当時、数回だけだが時枝を「香」と呼んでいたが、時枝を手放した後、他の中国人たちが時枝の美しさも兼ねて美香メイシャンと呼んでいた。




<<前へ      次へ>>


時枝の過去が……∑(°ロ°*)
木戸の父が……(`・д´・ ;)ゴクリ

★拍手コメントのお返事はボタンを押して頂いた拍手ページ内に致します。
  拍手秘コメの場合は普通コメント欄にてお返事致します。

web拍手 by FC2
お礼画像あり6種☆
00:00 | 貴方の狂気が、欲しい | comments (2) | trackbacks (0) | edit | page top↑
貴方の狂気が、欲しい 4話 | top | 貴方の狂気が、欲しい 2話

コメント

秘コメSさま
なかなか報われませんねェ、時枝さん(´Д`)

はい(笑)
ちょっと時枝の過去に触れています^^;
時枝もちょっと変わった境遇で育ったようです。
そして木戸パパにレールを引かれ、その上を歩んでいくのでした…。

どうなるか。迷える時枝くん。
(。-`ω´-)y-・~~ウーン

コメントどうもありがとうございましたe-415
桔梗.Dさん | 2012/01/03 22:32 | URL [編集] | page top↑
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
さん | 2012/01/03 00:09 | URL [編集] | page top↑

コメント

管理者にだけ表示を許可する

trackbacks

この記事のトラックバックURL:
http://kikyo318d.blog.2nt.com/tb.php/554-0f0840ed
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)