01/08/2012(Sun)
貴方の狂気が、欲しい 6話
木戸は自分のオフィスに入ると、タバコに火を点けて大きな黒皮の椅子に腰を掛けた。
今の今までずっと別の秘書に今日一日のスケジュールと取引先からの連絡事項を嫌という程聞かされていた。
(五月蠅い声だった)
いつもは同じような内容を時枝から聞かされる。違うのは、時枝の落ち着いた透明感のある声はすんなりと頭に入って来るという事だ。
スケジュールをただ伝えるのだけではなく、全て木戸が行動しやすいように調節してから伝えられる為、時枝以外の側近ではどうも調子が狂う。
机の一番上の引き出しを開けると、中から昔の弘夢の写真を取り出した。
嬉しそうに微笑む可愛い笑顔だった。今、この写真と同じように微笑んでいると思うとまた奪い取ってしまいたい衝動に駆られる。
何年も見つめてきたこの写真の笑顔は今も木戸の胸の中で鮮明に焼き付いている。
自分の腕の中に居た時の弘夢の温もりと、潤んだ瞳を思い出して息苦しくなる。まるで心臓に直接鉄条網でも巻きつかれたようだ。
もう少し一緒にいて、自分だけを見つめていればいつかは自分にもこんな表情をしてくれていたかもしれない。そんな無鉄砲で幼稚な期待が頭を掠めて自分でも笑いが込み上げてきた。
机の上の電話が少し低い音で鳴った。
「何だ」
「木戸様。大城という子がいらしているのですが、時枝様より木戸様に通す様にとの事です。今お時間のご都合は宜しいでしょうか」
大城という名前に聞き覚えが無かったが、時枝が知っている話ならばと直ぐに通した。
秘書に連れられて入って来た大城という男は、まだ若い学生だった。
利発そうでなかなか見目もいい。この場所に似つかわしくない純粋で初な感じが、その用件を想像しにくくさせていた。
「あっ……あのっ……初めましてっ……僕は大城学と言うものです! ……時枝さんはおられないのでしょうか?」
「今はいない。あいつに用か?」
「いえ……あの……いなければ木戸さんって言う方に話をするようにと前に言われて……」
木戸は大城学という名前を聞いてふと頭の片隅に記憶が蘇った。
「あぁ……珍しく時枝がした拾いモノか」
「拾いモノ……ですか」
学が苦笑する。
「確か……教師とデキているんだろう? そいつの為にうちの会社に仕事を、しかも時枝に仕事を頼んだ奴がまさかこんな若造だとは大したタマだな」
「えっ……別に仕事を頼んだとかそういう訳じゃっ……あっ、でも結果そういう流れになりましたが、だからこそ僕は先生を守れる立場に立ちたいと、自分で時枝さんに気持ちをお伝えしました!」
力強い目には男としての硬い意思がハッキリと表れていた。
(こういうのは、嫌いじゃない)
ただ、時枝がどういう経緯でこういう学生と知り合ったかは分からないが、こういうタイプを気に入ってこの世界に誘ったという事が意外だった。
時枝は仕事でしか動かないタイプに見えていた。
「あの……それでですね……一つ情報を持って来たんですが」
学がおずおずと話し出した。
「お……。初仕事か?」
小馬鹿にしたような木戸が薄く笑みを浮かべながらタバコを揉み消した。
「歌舞伎町で小競り合いがあったのでボイスレコーダーを持って来ました」
「歌舞伎町か。あそこは絶えないな……よし、流せ」
「はい」
流れて来たレコーダーからは町の雑踏に紛れた男同士の殺気を含んだ低い声だった。
時折日本語で怒鳴り合っているが、途中から聞き取れない言葉がボソボソと流れている。
「韓国語と中国語だな……ケツ持ち同士の取引か。大分あそこは賑わって来たからな」
「え……ケツ?」
「要するに用心棒って事だ。ケツに反応するなマセガキ」
「ちがっ……俺は別にっ!」
何やら顔を赤くしている学をからかいながら、木戸は今の歌舞伎町における島図をもう一度明確にしようと思った。
木戸たちの会社は表向きは、その資産を利用して多くの会社経営からビルのオーナーなどをやっている。主にはコンサルを生業としているが、裏でもある意味同じような事をやっていた。
今の時代、ヤクザも警察も表だって直接的な癒着や攻撃が出来ない事も、木戸たちの組織が請け負って実行に至る事は裏組織では常識となっている。その情報量の多さで警察や政界の方でも黙認し更に利用をするのも当たり前となっていた。
各国に拠点を設け、日本の裏組織との潤滑油代わりとなっているのも事実だった。
事を大きくせずに組織同士の話合いを付ける際には大体この組織を間に入れる。
「おい、気を付けて帰れよ」
木戸が学の頭をクシャクシャと撫でた。
「は、はい……時枝さんに宜しくお伝え下さい」
「先生と仲良くな」
何となくそんな気の効いた台詞が出てきた。
「はいっ。失礼しますっ」
嬉しそうに笑って去る学も笑顔を見て、たまには気の効いた事を言うのも悪くないと思った。
<<前へ 次へ>>
覚えていますでしょうか!?
学くんがちょこっと登場です(*´∇`*)
学たちのお話はこちら→ネクタイの距離
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今の今までずっと別の秘書に今日一日のスケジュールと取引先からの連絡事項を嫌という程聞かされていた。
(五月蠅い声だった)
いつもは同じような内容を時枝から聞かされる。違うのは、時枝の落ち着いた透明感のある声はすんなりと頭に入って来るという事だ。
スケジュールをただ伝えるのだけではなく、全て木戸が行動しやすいように調節してから伝えられる為、時枝以外の側近ではどうも調子が狂う。
机の一番上の引き出しを開けると、中から昔の弘夢の写真を取り出した。
嬉しそうに微笑む可愛い笑顔だった。今、この写真と同じように微笑んでいると思うとまた奪い取ってしまいたい衝動に駆られる。
何年も見つめてきたこの写真の笑顔は今も木戸の胸の中で鮮明に焼き付いている。
自分の腕の中に居た時の弘夢の温もりと、潤んだ瞳を思い出して息苦しくなる。まるで心臓に直接鉄条網でも巻きつかれたようだ。
もう少し一緒にいて、自分だけを見つめていればいつかは自分にもこんな表情をしてくれていたかもしれない。そんな無鉄砲で幼稚な期待が頭を掠めて自分でも笑いが込み上げてきた。
机の上の電話が少し低い音で鳴った。
「何だ」
「木戸様。大城という子がいらしているのですが、時枝様より木戸様に通す様にとの事です。今お時間のご都合は宜しいでしょうか」
大城という名前に聞き覚えが無かったが、時枝が知っている話ならばと直ぐに通した。
秘書に連れられて入って来た大城という男は、まだ若い学生だった。
利発そうでなかなか見目もいい。この場所に似つかわしくない純粋で初な感じが、その用件を想像しにくくさせていた。
「あっ……あのっ……初めましてっ……僕は大城学と言うものです! ……時枝さんはおられないのでしょうか?」
「今はいない。あいつに用か?」
「いえ……あの……いなければ木戸さんって言う方に話をするようにと前に言われて……」
木戸は大城学という名前を聞いてふと頭の片隅に記憶が蘇った。
「あぁ……珍しく時枝がした拾いモノか」
「拾いモノ……ですか」
学が苦笑する。
「確か……教師とデキているんだろう? そいつの為にうちの会社に仕事を、しかも時枝に仕事を頼んだ奴がまさかこんな若造だとは大したタマだな」
「えっ……別に仕事を頼んだとかそういう訳じゃっ……あっ、でも結果そういう流れになりましたが、だからこそ僕は先生を守れる立場に立ちたいと、自分で時枝さんに気持ちをお伝えしました!」
力強い目には男としての硬い意思がハッキリと表れていた。
(こういうのは、嫌いじゃない)
ただ、時枝がどういう経緯でこういう学生と知り合ったかは分からないが、こういうタイプを気に入ってこの世界に誘ったという事が意外だった。
時枝は仕事でしか動かないタイプに見えていた。
「あの……それでですね……一つ情報を持って来たんですが」
学がおずおずと話し出した。
「お……。初仕事か?」
小馬鹿にしたような木戸が薄く笑みを浮かべながらタバコを揉み消した。
「歌舞伎町で小競り合いがあったのでボイスレコーダーを持って来ました」
「歌舞伎町か。あそこは絶えないな……よし、流せ」
「はい」
流れて来たレコーダーからは町の雑踏に紛れた男同士の殺気を含んだ低い声だった。
時折日本語で怒鳴り合っているが、途中から聞き取れない言葉がボソボソと流れている。
「韓国語と中国語だな……ケツ持ち同士の取引か。大分あそこは賑わって来たからな」
「え……ケツ?」
「要するに用心棒って事だ。ケツに反応するなマセガキ」
「ちがっ……俺は別にっ!」
何やら顔を赤くしている学をからかいながら、木戸は今の歌舞伎町における島図をもう一度明確にしようと思った。
木戸たちの会社は表向きは、その資産を利用して多くの会社経営からビルのオーナーなどをやっている。主にはコンサルを生業としているが、裏でもある意味同じような事をやっていた。
今の時代、ヤクザも警察も表だって直接的な癒着や攻撃が出来ない事も、木戸たちの組織が請け負って実行に至る事は裏組織では常識となっている。その情報量の多さで警察や政界の方でも黙認し更に利用をするのも当たり前となっていた。
各国に拠点を設け、日本の裏組織との潤滑油代わりとなっているのも事実だった。
事を大きくせずに組織同士の話合いを付ける際には大体この組織を間に入れる。
「おい、気を付けて帰れよ」
木戸が学の頭をクシャクシャと撫でた。
「は、はい……時枝さんに宜しくお伝え下さい」
「先生と仲良くな」
何となくそんな気の効いた台詞が出てきた。
「はいっ。失礼しますっ」
嬉しそうに笑って去る学も笑顔を見て、たまには気の効いた事を言うのも悪くないと思った。
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コメント
そうなんですよ~!もう学の事書いて下さった時、ウキウキしてしまって!!
木戸、何だか優し気ですよね~!
傷心故か!?ドキドキ…。
(〃д〃)キャ~♪
学の大学と生活まで覚えて下さっているなんて感動過ぎますッ!!
ありがとうございます!!
はい!気を付けて仕事に励むように伝えます(*´∇`*)
まぁっ!!
木戸、いいですか!?
一途で!?た、確かに一途ですね。
一途で強引だからちょっとタチが悪いかもですが、
でも純粋なところありますね!
ウン(*-ω-)(-ω-*)ウン
そうだそうだ!早く時枝に甘えてしまったらいい!
拍手秘コメントどうもありがとうございました
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