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貴方の狂気が、欲しい 23話

 時枝がシャワーから出ると、木戸が丁度電話を切ったところだった。
「何かありましたか」
 タオルを腰に巻いただけの姿の時枝は、上半身に由朗に付けられたキスマークを桜色に浮かせていた。
 木戸は冷たい目で流しただけで、何事も無かったように仕事の話を切りだした。
「今連絡があった。やはり裏でデカイ組織が色んな所を買収してるようだ。それも歌舞伎町以外でも既に手広く寝返らせてるって話だ。いつの間にこんな勝手に遊ばせてる?」
 木戸の静かな物言いが空気を余計にピリピリと凍らせる。
「申し訳ありません、直ぐに大元を割り出して来ます」
 時枝が素早く着替える姿を、木戸はじっとりとした視線を絡みつかせていた。その視線にゾクゾクする。
 そんな木戸の視線を背に、まだ濡れているままの髪を無造作に時枝は持っていたゴムで一つに縛った。
 白く細いうなじが誘うように露わになる。
「行って参ります」と出て行こうとする時枝の細い腕を木戸が掴んだ。
 時枝が驚いて振り向くと、顎をグイと強く掴み上げられた。
「今までみたいに他の奴らに身体触らせるなよ?」
「し、しかしそれではもしかしたら情報も頂けないかもしれ……」
「俺は命令してるんだよ」
「……はい」
 返事を聞いた木戸は漸く手を離してシャワー室へと入って行った。
 もしかすると、これ以上汚れればもう木戸に触れて貰えないかもしれないと焦った。

(由朗様に事情を話せばどうにか許して貰えるだろうか)

 時枝は車に乗り込み六本木へと向かった。
 身体が気だるい。
 これから一つ契約の確認をしに行かなくてはならないというのにも関わらず、信号待ちをする度に木戸に触れられた感触を思い出して身体が熱くなった。
 まだ体内に木戸が入っているような錯覚さえ起こす程生生しく身体がその形と大きさを覚えている。
 さっき部屋を出る時、木戸は以前のようにとても素っ気なかった。仕事の事だから切り替えたという考え方もある。
 だが他の奴には触れさせるなと言う。
(自分の玩具は他人に遊ばれたくない……とかそういう感じでしょうか)
 時枝は今一つしっくりこないこの状況を、取り敢えずは仕事だけに集中しようと頭を切り替えた。

 六本木はサラリーマンやら外国人やらで賑わっていた。
 少し小道の中を行くと表の賑わいはなく、落ち着いた住宅街の雰囲気があった。
 あらかじめ連絡を取り、指定された店の前で車を停めた。
 随分とモダンなレストランにも見えるバーは、直ぐに階段を下りて地下へと店へ入るように出来ていた。
 薄暗い店内は耳触りにならない音量のジャズが心地よく流れていた。
 出迎えた三十半ばぐらいの長身の店員に名前を告げると、奥の方へと案内された。
「おお、時枝くん。あれ? 木戸くんは?」
 若い店の女を横に置いてニヤついた顔の男を見て時枝の足が止まった。
「山崎さん。いらしてたんですか……。杉田さんから連絡を頂いていたのですが」
「あぁ。彼にね、代わって貰ったのよ。僕も時間あったし、久し振りに君の顔を見たかったしねぇ」
 五十代前半の山崎は恰幅のいい金持ちという感じだった。ロマンスグレーを綺麗に整えて、一千万近くする時計を普段から気軽に付け、誰が見ても物がいいと分かる光沢のスーツを着こなしている。
 歌舞伎町の中でもとりわけ大きな島を持っている男だった。
 正確には、代々政界に努める家系の息子だが、長男が表で代議士を務める傍ら弟のこの男は裏稼業を管理して儲けている。
 歌舞伎町の島をビル一つ分でも持っていればそれだけ上がりも多く入るので相当な儲けになる。特にあそこの区域は一つのフロアに所狭しと店が入っている。
 だから隣の店がどこの小さな組かグループの管理している所かは分からずとも、場所代と売上の一部を払う大元が一番強い。
 簡単な話、その一人がこのいやらしい顔をして女の太股を弄っている男という訳だ。
 時枝はまさかこの男が来るとは思っていなかった。以前この男とは何度か身体の付き合いをした事があったが、こちらの監視に金を掴ませて無理に抱こうとした事もあった。
 時枝自身、この男は苦手の部類に入る。
 木戸の温もりが残っている今は特に誰にも穢されたくない。
「時枝くぅん。何、久し振りじゃない? こっちへ来なよ! あぁ、君はもういいから」
 山崎はつまらないゴミでも捨てる様に女を席から追い払う。
 時枝は少し距離を離して斜め横のソファに腰を掛けた。すかさず山崎が間を詰めてきた。




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*この話はフィクションであり、実際の場所や団体とは一切関係ありません。

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