01/30/2012(Mon)
貴方の狂気が、欲しい 26話
一週間が過ぎた。
時枝は木戸と電話やパソコンでのやりとりは頻繁に行っていたが、直接会えないでいた。
それでも、ずっとこのままでいられる筈もなく、今再び木戸のマンションに再び足を踏み入れていた。
気まずくて顔を上げられず、目もろくに合わせていない。
久し振りの木戸に、全てのしがらみを別次元へ放って喜んでいる自分もいた。
「何か久し振りだな」
木戸が缶ビールをテーブルに置いた。グラスもなく、そのまま缶から飲んでいる。
「珍しいですね……木戸様がこういう……庶民的な飲み方をされるのは」
「あ? そうでもねェよ。一人だと結構飲むし、前はひ……」
――弘夢のマンションに居た時にはやっていた……か。
木戸は「まぁ、俺もこう見えて結構普通なんだよ」と眉間に皺を寄せてビールを飲んだ。
「お前も飲め」
「はい」
木戸の座るソファの横に一人分のスペースを空けて座る。
「後は送り込んだ奴が声を掛けられるのを待つって感じか」
時枝が缶をプシュッと思い切り開けると、中から泡がムクムクと溢れて零れた。それをジッと無表情で見た時枝は静かに棚にあるグラスを持って来ると、そっとそれに注いで飲んだ。
「そうですね。結局末端の奴らを買収してる奴らもまた末端の末端。中にはその日だけ雇われたバイトってのも結構居た始末で、何人も目くらましに人を介しているのでなかなか張本人に辿り着かないという巧妙さ。気持ちが悪いものです」
時枝は軽く溜息をつきながらネクタイを少し緩めた。艶っぽい鎖骨が白いワイシャツから覗く。
「まぁ……直ぐに引き摺り出して叩き潰すだけだ」
ビールを飲んだ後の、時枝の濡れた唇に木戸の視線が行く。時枝は無意識に長くなった前髪を片方だけ耳に掛けた。細い顎のラインが露わになる。
「お前、俺との約束破ってねェだろうな」
時枝の心臓がドクンと一つ大きく鳴った。
「あの……やはり……仕事に支障が……ですから……」
「守れなかった訳か」
時枝は小さく「はい」と答えて謝った。
(だって……由朗様の言う事を聞かなければ私の代わりに彼がまた来る)
酷く叱られるのを覚悟をしていた時枝だったが、木戸は何も言わずにただビールを飲んだだけだった。
「あの……怒らないのですか……?」
「お前の言う好きってその程度だって言う事が分かっただけだ」
木戸は冷めた目で飲みほしたビールの缶をグシャっと潰して新しい缶を取りにソファを立った。
時枝の鼓動が速くなった。心臓が脳に移動したかのように、ドクドクと頭が脈を打つ。
怒ってくれた方が自分への想いがまだあると思えた。だが、信頼を無くし、好きという気持ちの程度を軽んじられた。
(違う。そうじゃないッ。私は……)
「何だ」
時枝は木戸の前に立っていた。
冷たい視線は、この間の木戸の視線と随分温度差の分かるものだった。まるで男娼を見る様な目。
木戸は時枝の横をスッと通り過ぎてソファに座りタバコに火を点けた。
木戸を後ろから見る。
黒髪が少し掛る木戸の首から、雄の色気が沸き出ている。ついこの間、このタバコを吸う度に動く首筋が自分の顔横で激しく動いていたのを思い出す。
もう二度とあんな風に触れては貰えないのかと思うと、木戸の整った横顔が滲んでぼやけてきた。
「私が働けなかったら……生きている意味がなくなります」
「私を拾って下さったのは、由朗様だから……言う事だって聞かないといけないんです」
小さな声で、自信なさげにボソボソと言い訳を言う。
(無様な……)
「私は……この間よりもっと穢れてしまいました。木戸様に嫌われるのは……無理ありません……私はあの子のように純白ではない。……多分最初から濁って、灰色だったと思います」
「……分かってたよ。お前がこの約束守るのは不可能だって事くらい」
木戸が低い声で煙を吐き出しながら答えた。
「まぁ、穢れてないと言えば嘘になるが……お前は……綺麗だと思う」
「え……」
時枝はドキリとした。
「お前の立場で、俺の約束は……まぁ無理だろう。……でも、それでも今までよりは酷でェ行為を抑えられるんじゃねぇかって……」
(それは……どういう……)
振り向いた木戸は、「こっち、来い」とソファ越しから手を出した。
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時枝は木戸と電話やパソコンでのやりとりは頻繁に行っていたが、直接会えないでいた。
それでも、ずっとこのままでいられる筈もなく、今再び木戸のマンションに再び足を踏み入れていた。
気まずくて顔を上げられず、目もろくに合わせていない。
久し振りの木戸に、全てのしがらみを別次元へ放って喜んでいる自分もいた。
「何か久し振りだな」
木戸が缶ビールをテーブルに置いた。グラスもなく、そのまま缶から飲んでいる。
「珍しいですね……木戸様がこういう……庶民的な飲み方をされるのは」
「あ? そうでもねェよ。一人だと結構飲むし、前はひ……」
――弘夢のマンションに居た時にはやっていた……か。
木戸は「まぁ、俺もこう見えて結構普通なんだよ」と眉間に皺を寄せてビールを飲んだ。
「お前も飲め」
「はい」
木戸の座るソファの横に一人分のスペースを空けて座る。
「後は送り込んだ奴が声を掛けられるのを待つって感じか」
時枝が缶をプシュッと思い切り開けると、中から泡がムクムクと溢れて零れた。それをジッと無表情で見た時枝は静かに棚にあるグラスを持って来ると、そっとそれに注いで飲んだ。
「そうですね。結局末端の奴らを買収してる奴らもまた末端の末端。中にはその日だけ雇われたバイトってのも結構居た始末で、何人も目くらましに人を介しているのでなかなか張本人に辿り着かないという巧妙さ。気持ちが悪いものです」
時枝は軽く溜息をつきながらネクタイを少し緩めた。艶っぽい鎖骨が白いワイシャツから覗く。
「まぁ……直ぐに引き摺り出して叩き潰すだけだ」
ビールを飲んだ後の、時枝の濡れた唇に木戸の視線が行く。時枝は無意識に長くなった前髪を片方だけ耳に掛けた。細い顎のラインが露わになる。
「お前、俺との約束破ってねェだろうな」
時枝の心臓がドクンと一つ大きく鳴った。
「あの……やはり……仕事に支障が……ですから……」
「守れなかった訳か」
時枝は小さく「はい」と答えて謝った。
(だって……由朗様の言う事を聞かなければ私の代わりに彼がまた来る)
酷く叱られるのを覚悟をしていた時枝だったが、木戸は何も言わずにただビールを飲んだだけだった。
「あの……怒らないのですか……?」
「お前の言う好きってその程度だって言う事が分かっただけだ」
木戸は冷めた目で飲みほしたビールの缶をグシャっと潰して新しい缶を取りにソファを立った。
時枝の鼓動が速くなった。心臓が脳に移動したかのように、ドクドクと頭が脈を打つ。
怒ってくれた方が自分への想いがまだあると思えた。だが、信頼を無くし、好きという気持ちの程度を軽んじられた。
(違う。そうじゃないッ。私は……)
「何だ」
時枝は木戸の前に立っていた。
冷たい視線は、この間の木戸の視線と随分温度差の分かるものだった。まるで男娼を見る様な目。
木戸は時枝の横をスッと通り過ぎてソファに座りタバコに火を点けた。
木戸を後ろから見る。
黒髪が少し掛る木戸の首から、雄の色気が沸き出ている。ついこの間、このタバコを吸う度に動く首筋が自分の顔横で激しく動いていたのを思い出す。
もう二度とあんな風に触れては貰えないのかと思うと、木戸の整った横顔が滲んでぼやけてきた。
「私が働けなかったら……生きている意味がなくなります」
「私を拾って下さったのは、由朗様だから……言う事だって聞かないといけないんです」
小さな声で、自信なさげにボソボソと言い訳を言う。
(無様な……)
「私は……この間よりもっと穢れてしまいました。木戸様に嫌われるのは……無理ありません……私はあの子のように純白ではない。……多分最初から濁って、灰色だったと思います」
「……分かってたよ。お前がこの約束守るのは不可能だって事くらい」
木戸が低い声で煙を吐き出しながら答えた。
「まぁ、穢れてないと言えば嘘になるが……お前は……綺麗だと思う」
「え……」
時枝はドキリとした。
「お前の立場で、俺の約束は……まぁ無理だろう。……でも、それでも今までよりは酷でェ行為を抑えられるんじゃねぇかって……」
(それは……どういう……)
振り向いた木戸は、「こっち、来い」とソファ越しから手を出した。
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