06/12/2013(Wed)
悪魔と野犬ノ仔 26話
次の日は水無月の体調を見て休ませる事にした。
水無月は必死に大丈夫だから要と一緒に外へ行くと匍匐前進をしながら騒いでいたが、要に命令されしぶしぶ療養する事に納得した。
外に出ようと玄関を開けると、丁度井戸端会議をしていた母親と近所に住むおばさんに出くわした。
「どうも。ご無沙汰してます」
「あんらァ。要ちゃん?! モデルさんでも来なすったのかと思ったわァ。大きくなってェ」
東京で学んだ“人の好意の交わし方”ですり抜けようとするが、ここの田舎のおばさんには通用しなかった。「まぁまぁまぁ」と嬉しそうに両手で手首を掴まれては捕捉されたも同然だった。
「前はねェ。何だか反抗期みたいな感じだったけんども、まー見てごらんなさいなっ。こーんなに立派な美男子になって、礼儀も正しくなってェっ」
母親は嬉しそうに「いいえぇ、そんなぁ」と謙遜しながらも笑っていた。そこから何だかんだと十五分程経った時だった。
「あ、そうだ。奥さん持って来た回覧板にも書いてあるんだけどねェ? ここいらで数頭の野良犬がウロついているらしいのよォ。キャンプ場も出来たし気を付けないとねェ。怖いわねェ」
「キャンプ場?」
要はおばさんの頭上から声を出した。
「そうなのよ、そう言えばあなたに言ってなかったけど、あの原っぱにキャンプ場が出来たのよ」
母親は少し申し訳なさそうに要に言った。
要は少し強めにおばさんの手を掴むと、「失礼します」とどけて原っぱへ急いだ。
先程おばさんの言っていた「野良犬」というのも気になった。
野良犬たちは人間の住む街にはあまり近寄って来ない。新しく兄弟たちが別グループを作って街に下りて来たのかと心配になった。
原っぱはいつも要が水無月を散歩に連れてくる場所だった。母犬やその兄弟たちと再会を果たした思い出深い場所だ。そしてその後も待ち合わせでもするようにその場所に向かった大切な場所だ。
辿り着いた野原には沢山のコテージが立ち並び、バーベキューの用意をする若者がちらほらいた。
風が吹けば海を漂う海藻のように美しく揺れていた草は短く刈られ、殆どが土と砂利で整備されていた。
そしてあちこちに散らばるのは白いものは花ではなく、ゴミだった。
「何だこれ……」
要はしばし唖然とその様変わりを眺め、そしてその足で家へと戻った。時間は優に一時間を超していた。
さすがに玄関先にはもうおばさんの姿は見えなかった。
部屋に戻ると、要のベッドの中で参考書を読んでいた水無月がヒョコっと顔を上げた。
「お兄ちゃんっ」
要はソワソワと布団の中で喜ぶ水無月の頭を撫でながらベッドの上に座った。
「ミナ……お前、あのキャンプ場に行ってるのか」
水無月は困ったような、ガッカリしたような表情で視線を床の方へ落した。
「前、見に行ったけど最近は勉強してて行ってない。お母さんたちとも、最近全然会ってない……行っても会えないし……人、いっぱいいるし」
水無月の言うお母さんとは母犬の事を指している。
「もうあそこで散歩は出来ないな」
「うん……さびしい……。でもたまに山には行くよ。そのうち登山用に整備するって言ってたけど、まだあのまま残ってるから」
「そうか……」
「お母さんたち、大丈夫かな?」
「……。身体良くなったら会いに行ってみるか」
「うん」
水無月は頷きながら要の腰にキュッと抱きついた。
数日後、キャンプ場に着いた要たちは案の定いくら犬たちを探しても早々に見つからなかった。その後も休みの間に何度か訪れたが、まだ出来あがっていない整備途中のキャンプ場は若者と工事で騒音が酷かった。この騒音の中では犬たちはなかなか出て来ないだろうと要は諦め始めた。
「ミナ。俺はまた東京に戻るけど、また戻ってくるから」
要は東京に帰る当日に部屋で荷物を詰めながら水無月に言った。
途端に水無月の大きな瞳に涙が浮かび、キュウキュウと鳴き声を部屋に響かせた。
水無月は「寂しい」とか「嫌だ」とかは一切言わず、ただ只管に鳴き声を出しながら要の背中を抱きしめた。
要はいっそ水無月を連れていきたい衝動に駆られて、振り向きざまにその桜色の唇を塞いだ。
「んんっ」
切なげな甘い声が水無月の鼻から漏れ出ると、要の体温が上がった。
だが、途端にまた釘を刺された様な痛みが要の頭の中に響いた。
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水無月は必死に大丈夫だから要と一緒に外へ行くと匍匐前進をしながら騒いでいたが、要に命令されしぶしぶ療養する事に納得した。
外に出ようと玄関を開けると、丁度井戸端会議をしていた母親と近所に住むおばさんに出くわした。
「どうも。ご無沙汰してます」
「あんらァ。要ちゃん?! モデルさんでも来なすったのかと思ったわァ。大きくなってェ」
東京で学んだ“人の好意の交わし方”ですり抜けようとするが、ここの田舎のおばさんには通用しなかった。「まぁまぁまぁ」と嬉しそうに両手で手首を掴まれては捕捉されたも同然だった。
「前はねェ。何だか反抗期みたいな感じだったけんども、まー見てごらんなさいなっ。こーんなに立派な美男子になって、礼儀も正しくなってェっ」
母親は嬉しそうに「いいえぇ、そんなぁ」と謙遜しながらも笑っていた。そこから何だかんだと十五分程経った時だった。
「あ、そうだ。奥さん持って来た回覧板にも書いてあるんだけどねェ? ここいらで数頭の野良犬がウロついているらしいのよォ。キャンプ場も出来たし気を付けないとねェ。怖いわねェ」
「キャンプ場?」
要はおばさんの頭上から声を出した。
「そうなのよ、そう言えばあなたに言ってなかったけど、あの原っぱにキャンプ場が出来たのよ」
母親は少し申し訳なさそうに要に言った。
要は少し強めにおばさんの手を掴むと、「失礼します」とどけて原っぱへ急いだ。
先程おばさんの言っていた「野良犬」というのも気になった。
野良犬たちは人間の住む街にはあまり近寄って来ない。新しく兄弟たちが別グループを作って街に下りて来たのかと心配になった。
原っぱはいつも要が水無月を散歩に連れてくる場所だった。母犬やその兄弟たちと再会を果たした思い出深い場所だ。そしてその後も待ち合わせでもするようにその場所に向かった大切な場所だ。
辿り着いた野原には沢山のコテージが立ち並び、バーベキューの用意をする若者がちらほらいた。
風が吹けば海を漂う海藻のように美しく揺れていた草は短く刈られ、殆どが土と砂利で整備されていた。
そしてあちこちに散らばるのは白いものは花ではなく、ゴミだった。
「何だこれ……」
要はしばし唖然とその様変わりを眺め、そしてその足で家へと戻った。時間は優に一時間を超していた。
さすがに玄関先にはもうおばさんの姿は見えなかった。
部屋に戻ると、要のベッドの中で参考書を読んでいた水無月がヒョコっと顔を上げた。
「お兄ちゃんっ」
要はソワソワと布団の中で喜ぶ水無月の頭を撫でながらベッドの上に座った。
「ミナ……お前、あのキャンプ場に行ってるのか」
水無月は困ったような、ガッカリしたような表情で視線を床の方へ落した。
「前、見に行ったけど最近は勉強してて行ってない。お母さんたちとも、最近全然会ってない……行っても会えないし……人、いっぱいいるし」
水無月の言うお母さんとは母犬の事を指している。
「もうあそこで散歩は出来ないな」
「うん……さびしい……。でもたまに山には行くよ。そのうち登山用に整備するって言ってたけど、まだあのまま残ってるから」
「そうか……」
「お母さんたち、大丈夫かな?」
「……。身体良くなったら会いに行ってみるか」
「うん」
水無月は頷きながら要の腰にキュッと抱きついた。
数日後、キャンプ場に着いた要たちは案の定いくら犬たちを探しても早々に見つからなかった。その後も休みの間に何度か訪れたが、まだ出来あがっていない整備途中のキャンプ場は若者と工事で騒音が酷かった。この騒音の中では犬たちはなかなか出て来ないだろうと要は諦め始めた。
「ミナ。俺はまた東京に戻るけど、また戻ってくるから」
要は東京に帰る当日に部屋で荷物を詰めながら水無月に言った。
途端に水無月の大きな瞳に涙が浮かび、キュウキュウと鳴き声を部屋に響かせた。
水無月は「寂しい」とか「嫌だ」とかは一切言わず、ただ只管に鳴き声を出しながら要の背中を抱きしめた。
要はいっそ水無月を連れていきたい衝動に駆られて、振り向きざまにその桜色の唇を塞いだ。
「んんっ」
切なげな甘い声が水無月の鼻から漏れ出ると、要の体温が上がった。
だが、途端にまた釘を刺された様な痛みが要の頭の中に響いた。
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