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悪魔と野犬ノ仔 37話

 尚哉が帰って来たのはそれから一週間後だった。
 水無月は謝らなかった。
 要は水無月と家を出る事を尚哉に伝えた。尚哉は何か言いたそうだったが、その場では納得してくれた。
 要は、水無月を先に家に戻る様に伝えると尚哉に近づいた。
「尚哉、ありがとうな。気持ちも。ごめんな」
「なんだよ……いきなり……優しくなってさ……」
「多分お前以外だったら一緒には住めなかったと思うよ」
「……うそつき」
 尚哉は涙を浮かべて下を向いた。要は誰といても一人だった事は分かっていた。きっと誰と住んでもそれは変わらずだった事も分かっていた。それでも優しい嘘を言ってくれた事は尚哉の真剣な気持ちが伝わったからだ。
 家を出て行く時、尚哉は飲み屋に居た。見たくなかったからだ。
 尚哉はこうなって余計に自分が要を予想していた以上に好きだった事に気付いて、傷を癒す様に浴びる程酒を飲んだ。だが、自分たち人間と住んでいる次元が違うかのような二人の異様な関係に入る隙がないのも分かった。
「ますたー、誰か紹介して。超格好いい人ね」
 尚哉は顔見知りのマスターに絡んだ。
「アンタならいくらでも捕まえられるでしょうが! 私なんて見てみなさいよッ。贅沢よッ」
 マスターは悩ましげに濃くなってきたヒゲを悲しげに撫でた。

 要たちは今までよりもずっと小さく狭いアパートを借りた。
 要はアルバイトをしながら大学に通い、水無月も勉強をしながらショップで懸命に実務訓練を重ねる毎日だった。それはまるで昭和の時代のように穏やかで慎ましく、贅沢な生活ではなかったが幸せだった。
 だが、水無月を側に置いて要の欲望が大人しくしていられる訳もなく、それは水無月も同様だった。
 まして、水無月の通うショップには水無月が要以外で唯一格好いいと思う男性がいた。要は募る独占欲で首輪を付けてしまいたくなった。
 快楽に弱い水無月に、要からもっと離れられなくなる程身体を繋げたいと思う度に要は自分の原因不明の症状を恨んだ。
 要と水無月が一緒に住み始めて暫く経った時だった。
「ミナ」
「なに?」
「母さんたちに……言いに行こうか」
「僕たちのこと?」
「そう」
「いいの?」
「いつまでも隠していても仕方ないしな……あと、拓水にも会いに行こうかと思ってる」
「僕も拓水兄ちゃんに会いたいっ」
 水無月は嬉しそうに要の背中に抱きついた。
「お前、犬くさい」
「うんっ。今日も犬いっぱい触ったよっ。皆すごい怖がってたから大丈夫だって言ってきた!」
「そうか。偉いな」
「兄ちゃん……」
 水無月が要の首筋に舌を這わせた。
 随分長い間身体を重ねていない水無月は要の匂いを嗅ぐだけで直ぐにスイッチが入るようになっていた。いくら他の方法で生理欲求を果たしていていても満たされない部分は互いにある。
 要は実家に帰ったついでにやはり病院へ行こうと漸く腹を括った。




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