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悪魔と野犬ノ仔 39話

 結婚でも認められたような気分の要は今までに感じた事のない照れ臭さと幻のような透明な安心感を得た。
 自分が水無月を幸せにするなんていう事は到底思えなかった。ただこうして水無月を見えない鎖で柔らかく縛りつけておきたかった。
 本当は水無月がいないだけで生きたまま死んでいく人生に思える程、要は自身の人生は味気のないものだと自覚していた。そんな人生でも別に良かったが水無月に夢ができた今、輝く彼に近づく害虫の存在は一切許せなかった。

 水無月は沢山の袋を手に持つと得意気に外へでて東京から買ってきたお土産を近所に配っていた。
 玄関を開けると秋口だというのにまだ残暑の名残が空中を漂っていた。
「ミナ。久々に散歩でも行くか」
「うんっ!」
 日が傾き始めた夕方、少し涼しくなった時を見計らって要たちは餌を持って出掛けた。
 もしまだ犬たちに会えたらという期待を込めて餌を少し多めに用意した。水無月はとても嬉しそうに片手に餌を持ち、もう片手で要の腕に自分の腕を絡ませた。
 少し見ないうちに道路は整備されており、野原だった場所に着くとキャンプ地として若者で賑わっていた。
 要たちの住む村とは反対側の道は道路整備が進んだようで、遠くからでも簡単にこの場所に来られる様になった。
 キャンプ内に入ろうとすると入り口で入場料を取られそうだったので、要たちは一旦山に入って目立たない場所から侵入した。
 まだ整備されていない山は自然のままだったので険しくて普通の人は入ろうとは思わないが、要たちにとっては庭みたいだったのでいとも簡単に侵入出来た。
 段々と薄暗くなってくると、キャンプ地にはオレンジ色のランタンや焚火のような炎が灯されて人間たちの蠢く黒い影を躍らせていた。
 大学生たちが多いのか、まだ大人のような学生のような狭間の雰囲気の若者たちが多い。
 だが中にはどう見ても真っ当な職業ではないような出で立ちの男が数人の若い女性を引きつれてバーベキューをしている姿もあった。
「何だあれは」
「お肉?」
 水無月はどうやら食べ物しか見ていないようだ。
「俺たちも今度……来てみるか?」
 水無月はパッと顔を上げると「いいの?」と嬉しそうに笑った。外で肉を焼く行為の意味は分からなかったが楽しそうで興味は湧いていたようだ。
 暫く敷地内をグルグルと歩いていると、村とは反対の駐車場のある方にまで来てしまった。
「結構歩いたな……帰るか」
「うん……いなかったね」
 二人はもう一度山を通って犬を探しながら帰ろうかと話している時だった。
「キャアアーッ!!」
 高いカナキリ声が駐車場の方から聞こえて要と水無月は振り向いた。
 続け様に違う音色の悲鳴が幾つも聞こえてくると、それに混じって男の低い叫び声と罵倒するような言葉が聞こえて来た。
「何だ?」
 要は急いで騒ぎの場所へ走ると、水無月もそれに続いて地面を蹴って走り出した。
 現場に着いてみると、先程いた変わった身なりの男と数名の女性たちが騒いでいた。
 皆足下で唸り声を上げる二匹の大きな野犬に恐怖していた。怒り狂う野犬の矛先を見ると二人の女性が小さな子犬を抱いているのが見えた。それに応戦する男が持っていたトングのようなものを振り回していた。
「おいッ」
 男たちの近くに着いた要がドスの効いた声を上げると涙を流した女性たちと男が振り向き、そして犬たちも要を見た。
「何してんだお前ッ。早くその子犬を離せッ。親が子犬取られて怒ってんのが分かんねェのかよッ」
 女性たちは青い顔をして子犬を見た。
「え……だって、別に取った訳じゃ……そこに居たから拾って……そしたら大きい犬が出て来て……っ」
「うるせェッ! んなもん、親犬に分かるかよッ!」
 要の言葉に男の表情が変わった。
「そうだ、お前ら……早くそれ捨てろ……」
 女性が腰を下ろして子犬を下ろそう動いた時、同時に野犬が更に大きな唸り声を上げて牙を剥き出して一瞬走り出しそうな動きを見せた。
「ひッ……!」
 動けなくなった女性はどうすればいいか分からずグズグズと泣きだした。

「おかあ……さん?」

 水無月が要の少し後ろの方でそう呟いた。
 要は血の気が引いた。




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真夜中のユートピア 悪魔と野犬ノ仔 39話
2013/10/19 (Sat) 18:41 | グッチ バッグ