07/03/2013(Wed)
悪魔と野犬ノ仔 40話
「ミナ……あれ、母親か」
水無月は小さくコクっと頷くと汗がポタリと顎から落ちた。
母犬は随分年を取って弱ってきているにも関わらずその怒りの迫力はもう一匹の若い犬よりも壮絶だった。
「あれは母親の子か?」
「違う、あっちの犬のだよ……どうしよう……」
水無月は「お母さんッ、お母さんッ」と母犬に向かって叫んだ。
「なんだ……あのガキ……頭おかしいのか」
男はジリジリと下がり荷物を片づけていた途中だったのか、空けっぱなしにしてある車のトランクへ近づこうとしていた。だがその動きを見逃さない母犬は同じようにジリジリと男に近づく。
母親たちは完全に怒りで理性を失っており、要たちが動いても誰かが怪我をするだろう事は分かっていた為下手に動きが取れない。要は正直、水無月さえ怪我をしなければ他の女性たちがどうなろうとどうでも良かった。
「くそ……ッ」
要はいっそ自分が飛び出して犬を押さえれば少しの怪我程度で済むかもしれないと覚悟を決めた時だった。
神経をすり減らした男がとうとう女性に向かってその怒りをぶつけた。
「テメェッ……てめェがそれ持ってるからいけねぇんだろうがああッ! 早く落とせよォォオ!」
女性の方を振り向いた男の顔は酷く汗で濡れていて、叫ぶ口からは唾液が異常に飛び出ていた。また男の足を見ると恐怖でというよりは何か別の症状が原因のような震えでガタついていた。
その男の形相と叫び声に、思わず女性は「ひぃぃッ」と叫んで子犬を親犬の方へ投げつけた。
(あの女ッ……!)
要は子犬を投げた女性に親犬たちと同じ目で睨んだ。
「キャンキャンッ」
砂利に投げ飛ばされた子犬は身体を強く打って痛みを訴える声を上げた。すると親犬は更に歯を剥き出し完全に殺意を持って相手を狙いだした。
「テメェもだよォォッ!」
もう一人の方を向かって叫んだ男の目は更に充血で真っ赤になっており息も荒く、正気さが見えなかった。男は女性を罵倒しながらついに車の方へ走り出した。
もう一人の女性も男の狂った様に恐怖して思わず足下に子犬を落とした。
すると、女性の横を通り過ぎる男が落ちた子犬を白目を剥いたような顔で「アアアッ」と叫びながら思い切り親犬たちとは違う方向へ蹴り飛ばした。
水無月の顔は一瞬で真っ青に血の気が引き、要も男が一体何をしたのか理解が出来なかった。
中に浮いた子犬は叫び声すら上げなかった。
とても高く浮いた茶色い子犬の身体は暗い空に浮いた。そしてその小さな四肢はピクピクと痙攣しているのが見えた。
水無月がザッと地面を蹴って子犬の落ちる場所へ駆ける。要は怒りで手が痺れ、頭の中でピン、ピン、とピアノ線を弾く様な音が聞こえだした。要は自分の中に仕舞いこんでいた何かが飛び出しそうになって口元を押さえた。
ほんの数秒だった。だが要にはその間何も聞こえず、何も見えなかった。
気が付いた時には親犬が子犬を投げた方の女性に覆い被さり腕を噛み千切ろうとしていた。
もう一人の女性は腰が抜け、失禁しながらも自分だけは遠くへ逃げようと地べたを這っていた。
そして母犬は真っ直ぐ車の所で背を向けている男に向かってその怒りを全て牙に宿わせ大きな口を開けていた。
だが男が振り向いた時、男の手にはテントを張る為に使うような鉄の棒が握られていた。
そしてその棒は振り向くと同時に母犬の身体に鈍い音を立ててめり込んだ。
「ギャウンンッ」
母犬は悲痛の叫び声を上げて倒れ込んだ。その声にもう一匹の犬は驚いて女性から離れ、男の方に警戒態勢を取った。
凶器を手にした男は勝ち誇ったようにとても残酷な顔をして母犬に近づいた。そして相手の命が自分の掌にある事に快感でも感じるように真っ赤な目をした男は笑って再び鉄の棒を振り上げて母犬に振り下ろした。
凶器を振り下ろす男の姿と倒れた犬の姿を見た要は、金縛りにでもあったように身体が動かなくなった。
男が何度も何度も棒を振り下ろす。時々枝でも折れる様な音が聞こえるのは骨の折れる音だろう、母犬は無残に肉片を散らせていった。
遠くから叫び声を上げながら走って来る水無月が見えた。
(この男の顔を……俺は知っている……赤い目だった……口が歪んでいて……笑っていた……)
要の身体はガタガタと震え、硬直したように硬く動けなくなった要はその場に倒れた。
「要兄ちゃんッ?!」
男にやめてくれと叫ぶ水無月の声が遠ざかる。そのもっと遠くからパトカーの音が近づいて来ていた。
要は両腕を抱きしめたまま無意識に涙と涎を垂れ流していた。
最後に聞こえたのは泣き叫ぶ水無月の悲痛な声だった。
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水無月は小さくコクっと頷くと汗がポタリと顎から落ちた。
母犬は随分年を取って弱ってきているにも関わらずその怒りの迫力はもう一匹の若い犬よりも壮絶だった。
「あれは母親の子か?」
「違う、あっちの犬のだよ……どうしよう……」
水無月は「お母さんッ、お母さんッ」と母犬に向かって叫んだ。
「なんだ……あのガキ……頭おかしいのか」
男はジリジリと下がり荷物を片づけていた途中だったのか、空けっぱなしにしてある車のトランクへ近づこうとしていた。だがその動きを見逃さない母犬は同じようにジリジリと男に近づく。
母親たちは完全に怒りで理性を失っており、要たちが動いても誰かが怪我をするだろう事は分かっていた為下手に動きが取れない。要は正直、水無月さえ怪我をしなければ他の女性たちがどうなろうとどうでも良かった。
「くそ……ッ」
要はいっそ自分が飛び出して犬を押さえれば少しの怪我程度で済むかもしれないと覚悟を決めた時だった。
神経をすり減らした男がとうとう女性に向かってその怒りをぶつけた。
「テメェッ……てめェがそれ持ってるからいけねぇんだろうがああッ! 早く落とせよォォオ!」
女性の方を振り向いた男の顔は酷く汗で濡れていて、叫ぶ口からは唾液が異常に飛び出ていた。また男の足を見ると恐怖でというよりは何か別の症状が原因のような震えでガタついていた。
その男の形相と叫び声に、思わず女性は「ひぃぃッ」と叫んで子犬を親犬の方へ投げつけた。
(あの女ッ……!)
要は子犬を投げた女性に親犬たちと同じ目で睨んだ。
「キャンキャンッ」
砂利に投げ飛ばされた子犬は身体を強く打って痛みを訴える声を上げた。すると親犬は更に歯を剥き出し完全に殺意を持って相手を狙いだした。
「テメェもだよォォッ!」
もう一人の方を向かって叫んだ男の目は更に充血で真っ赤になっており息も荒く、正気さが見えなかった。男は女性を罵倒しながらついに車の方へ走り出した。
もう一人の女性も男の狂った様に恐怖して思わず足下に子犬を落とした。
すると、女性の横を通り過ぎる男が落ちた子犬を白目を剥いたような顔で「アアアッ」と叫びながら思い切り親犬たちとは違う方向へ蹴り飛ばした。
水無月の顔は一瞬で真っ青に血の気が引き、要も男が一体何をしたのか理解が出来なかった。
中に浮いた子犬は叫び声すら上げなかった。
とても高く浮いた茶色い子犬の身体は暗い空に浮いた。そしてその小さな四肢はピクピクと痙攣しているのが見えた。
水無月がザッと地面を蹴って子犬の落ちる場所へ駆ける。要は怒りで手が痺れ、頭の中でピン、ピン、とピアノ線を弾く様な音が聞こえだした。要は自分の中に仕舞いこんでいた何かが飛び出しそうになって口元を押さえた。
ほんの数秒だった。だが要にはその間何も聞こえず、何も見えなかった。
気が付いた時には親犬が子犬を投げた方の女性に覆い被さり腕を噛み千切ろうとしていた。
もう一人の女性は腰が抜け、失禁しながらも自分だけは遠くへ逃げようと地べたを這っていた。
そして母犬は真っ直ぐ車の所で背を向けている男に向かってその怒りを全て牙に宿わせ大きな口を開けていた。
だが男が振り向いた時、男の手にはテントを張る為に使うような鉄の棒が握られていた。
そしてその棒は振り向くと同時に母犬の身体に鈍い音を立ててめり込んだ。
「ギャウンンッ」
母犬は悲痛の叫び声を上げて倒れ込んだ。その声にもう一匹の犬は驚いて女性から離れ、男の方に警戒態勢を取った。
凶器を手にした男は勝ち誇ったようにとても残酷な顔をして母犬に近づいた。そして相手の命が自分の掌にある事に快感でも感じるように真っ赤な目をした男は笑って再び鉄の棒を振り上げて母犬に振り下ろした。
凶器を振り下ろす男の姿と倒れた犬の姿を見た要は、金縛りにでもあったように身体が動かなくなった。
男が何度も何度も棒を振り下ろす。時々枝でも折れる様な音が聞こえるのは骨の折れる音だろう、母犬は無残に肉片を散らせていった。
遠くから叫び声を上げながら走って来る水無月が見えた。
(この男の顔を……俺は知っている……赤い目だった……口が歪んでいて……笑っていた……)
要の身体はガタガタと震え、硬直したように硬く動けなくなった要はその場に倒れた。
「要兄ちゃんッ?!」
男にやめてくれと叫ぶ水無月の声が遠ざかる。そのもっと遠くからパトカーの音が近づいて来ていた。
要は両腕を抱きしめたまま無意識に涙と涎を垂れ流していた。
最後に聞こえたのは泣き叫ぶ水無月の悲痛な声だった。
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コメント
> 恐怖で 我を失った男の行動で もう 母犬も仔犬も 生きては…</(TωT)\>わぁああああ!
。・゜(。´ノω・`)。ウゥゥ...
本当……男シネって感じです。
私もこの場にいたら……
(#゚д゚)=○)゚Д)・゚、;'
> 狂気に侵され歪んだ男の顔を見て 要は 何かを思い出した?
> 赤い目、歪んでいた口で笑っていたって!!
> まるで それは…ガクガク((( ;゚Д゚)))ブルブル...byebye☆
((((;´・ω・`)))ガクガクブルブル
何を思い出したというのか……。
ただこの先、峠がございます…。(。-ω-)
コメントどうもありがとうございました
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