07/05/2013(Fri)
悪魔と野犬ノ仔 42話
「どうして俺は……忘れていたんだ」
目覚めた要はそう呟いた。
「要ッ……!」
ベッドの横にいた母親が駆け寄った。
「知ってたの?」
「思い出したの……?」
母親は苦痛の表情で要を見て、そして要の冷たい手を握った。
要はその手をそっと力なく除ける。
「ミナは……」
「あ……ああ、ミナちゃんならほら。隣で眠っているわ」
そして母親は騒ぎのあった後の事を要に聞かれて、直接的な表現を避けながら説明した。
説明をし終えても要の表情は変わらなかった。
「俺は……」
――とても無力だ。
「あまりに酷い状態だったからカウンセラーに、効くか分からないけれどもって自己暗示の一種なんだけども記憶を仕舞い込んで貰う治療をして貰ったの。そしたらやっぱり事実を受け止めるには幼すぎたのね……あなたの脳はちゃんと自分を守って作用してくれたの……でもいつ何がきっかけで思い出すか分からなくて……母さん怖くて……」
要の声と目覚めに暗示が解けたように、水無月の目がゆっくりと開いた。そしてハッと気付いたようにベッドから降りた。
「ミナちゃんッ……ダメよまだ動いちゃっ」
母親の声を振り払い、水無月は要の側へ駆け寄った。
「兄ちゃんっ……兄ちゃんっ」
要の手を取ろうとする水無月に、要は母親にもしたようにそっと自分の手を触らせないように布団の中へ隠した。
「俺は……汚れているんだ、ミナ……だから触らないで」
「なんでっ……汚れてないよ?!」
「見えるだろ……ほら。こんなに俺は真っ黒でドロドロしている……」
要は手を見せると、要にだけ見えるドロドロしたものを取ろうと爪を立てて手の甲を傷付け始めた。
「やめなさい要ッ……そんなものはないわ! 大丈夫だから!」
母親と水無月は要の行為を止めさせようとしたが、要は頑として自分を触らせようとしなかった。
次の日から、要に心理カウンセラーが尋ねる様になった。
水無月の方もカウンセリングを受けていたが、水無月は自身の精神を支える強いものがあるという事で大丈夫だと判断され母親たちをとても驚かせた。
カウンセラーは何度も足しげく要の元を訪ね、分析を重ねてから家族と話し合いの場を設けた。
「あの……要さんは過去の凄惨な事件を未だ生々しく引き摺っておられます。一つ確認したいのですが、要さん自身はその……加害者による性的暴行は受けられたのでしょうか」
「いえ。それは検査の結果受けていないと診断されました」
カウンセラーは驚いたように目を大きくした。
「そうなんですか? 要さんは自分が穢されたと思っていらっしゃって……そうですか。では少し良い方向へ向く可能性があります!」
カウンセラーはそう言うと母親たちは神に頼み事でもするような表情で「お願い致します」とお辞儀をした。
カウンセラーから事情を聞いた要はほんの少しだけ驚いたように瞳を見開き、そして「そう……ですか……」と自分の両手を見つめた。
「まだ……見えますか? その……黒い物体というのは」
「……はい」
「そうですか……まだ急にというのは難しいかもしれませんが少しずつ時間が傷を癒してくれると思いますので焦らずにいきましょう」
「……」
要は家に戻った。
ずっと部屋に閉じこもり、部屋には誰にも入れようとはせず会話も極力ドア越しにするようにしていた。
要は自分が呼吸をする度に黒煙のようなものを部屋に充満させている気がして窓だけは二十四時間空けっぱなしにしていた。
夜になると、決まってドアの向こう側から聞こえてくる水無月のキュウキュウという心配そうな鳴き声が要の胸を詰まらせた。
そして要は少しの荷物を手に、そのまま家を出た。
ドアに向かって要を呼んでも返事がないのを不審に思った母親がついにドアを開けると、そこは蛻の空になっていた。
「いやァァァッ」
悲鳴の様な泣き崩れる母親の声に水無月が駆けつけた。
「お母さんッ……! どうしたのッ」
「要がいないィィッ」
要はもしかしたら思いつめて命でも絶つかもしれないという母親の懸念が母親を限界に追い込んだ。
「お母さんッ……大丈夫だよ! 大丈夫だから! 僕が見つけるからッ! お兄ちゃんは死ぬ事は選ばないからッ!!」
水無月は母親の頭を抱き締め呪文のように何度もそう言い聞かせた。
水無月は何となく勘が働いた。
「お兄ちゃん、今自分でどうにかしようと頑張ってるんだよ。だから大丈夫。僕、手伝いにいくから」
「ミナちゃん……っ」
「僕、お兄ちゃんを助けるよ、お母さん」
母親は水無月の白くて柔らかい手を取った。
「優しい子ね……あなただって辛いのに……あの犬は、母犬だったんでしょう?」
母親はボロボロと涙を流して頬を沢山濡らした顔で水無月を見上げた。
「うん……あの犬も、お母さんだったよ」
水無月は、あの時残った母犬の顔とまだ暖かかった肉片の感触を思い出した。そして母親をギュッと抱き締めた。
「お母さん、大好きだった。僕にはまだここにもう一人のお母さんも、要兄ちゃんも、お父さんも拓水兄ちゃんもいるよ……まだ皆生きてる……良かった……」
水無月は大きな瞳から暖かい涙を次から次へと零した。
「ミナちゃん……!」
母親と水無月は互いに大切な人が生きてる喜びを分かち合うように抱き締め合った。
そして、要には整理する期間が必要なのかもしれないと考えた家族は、暫く捜索をせずに要からの連絡を待つ事にした。
<<前へ 次へ>>
★拍手コメントのお返事はボタンを押して頂いた拍手ページ内に致します。
拍手秘コメの場合は普通コメント欄にてお返事致します。m(_ _)m
画像5種ランダムあり(*ノωノ)
目覚めた要はそう呟いた。
「要ッ……!」
ベッドの横にいた母親が駆け寄った。
「知ってたの?」
「思い出したの……?」
母親は苦痛の表情で要を見て、そして要の冷たい手を握った。
要はその手をそっと力なく除ける。
「ミナは……」
「あ……ああ、ミナちゃんならほら。隣で眠っているわ」
そして母親は騒ぎのあった後の事を要に聞かれて、直接的な表現を避けながら説明した。
説明をし終えても要の表情は変わらなかった。
「俺は……」
――とても無力だ。
「あまりに酷い状態だったからカウンセラーに、効くか分からないけれどもって自己暗示の一種なんだけども記憶を仕舞い込んで貰う治療をして貰ったの。そしたらやっぱり事実を受け止めるには幼すぎたのね……あなたの脳はちゃんと自分を守って作用してくれたの……でもいつ何がきっかけで思い出すか分からなくて……母さん怖くて……」
要の声と目覚めに暗示が解けたように、水無月の目がゆっくりと開いた。そしてハッと気付いたようにベッドから降りた。
「ミナちゃんッ……ダメよまだ動いちゃっ」
母親の声を振り払い、水無月は要の側へ駆け寄った。
「兄ちゃんっ……兄ちゃんっ」
要の手を取ろうとする水無月に、要は母親にもしたようにそっと自分の手を触らせないように布団の中へ隠した。
「俺は……汚れているんだ、ミナ……だから触らないで」
「なんでっ……汚れてないよ?!」
「見えるだろ……ほら。こんなに俺は真っ黒でドロドロしている……」
要は手を見せると、要にだけ見えるドロドロしたものを取ろうと爪を立てて手の甲を傷付け始めた。
「やめなさい要ッ……そんなものはないわ! 大丈夫だから!」
母親と水無月は要の行為を止めさせようとしたが、要は頑として自分を触らせようとしなかった。
次の日から、要に心理カウンセラーが尋ねる様になった。
水無月の方もカウンセリングを受けていたが、水無月は自身の精神を支える強いものがあるという事で大丈夫だと判断され母親たちをとても驚かせた。
カウンセラーは何度も足しげく要の元を訪ね、分析を重ねてから家族と話し合いの場を設けた。
「あの……要さんは過去の凄惨な事件を未だ生々しく引き摺っておられます。一つ確認したいのですが、要さん自身はその……加害者による性的暴行は受けられたのでしょうか」
「いえ。それは検査の結果受けていないと診断されました」
カウンセラーは驚いたように目を大きくした。
「そうなんですか? 要さんは自分が穢されたと思っていらっしゃって……そうですか。では少し良い方向へ向く可能性があります!」
カウンセラーはそう言うと母親たちは神に頼み事でもするような表情で「お願い致します」とお辞儀をした。
カウンセラーから事情を聞いた要はほんの少しだけ驚いたように瞳を見開き、そして「そう……ですか……」と自分の両手を見つめた。
「まだ……見えますか? その……黒い物体というのは」
「……はい」
「そうですか……まだ急にというのは難しいかもしれませんが少しずつ時間が傷を癒してくれると思いますので焦らずにいきましょう」
「……」
要は家に戻った。
ずっと部屋に閉じこもり、部屋には誰にも入れようとはせず会話も極力ドア越しにするようにしていた。
要は自分が呼吸をする度に黒煙のようなものを部屋に充満させている気がして窓だけは二十四時間空けっぱなしにしていた。
夜になると、決まってドアの向こう側から聞こえてくる水無月のキュウキュウという心配そうな鳴き声が要の胸を詰まらせた。
そして要は少しの荷物を手に、そのまま家を出た。
ドアに向かって要を呼んでも返事がないのを不審に思った母親がついにドアを開けると、そこは蛻の空になっていた。
「いやァァァッ」
悲鳴の様な泣き崩れる母親の声に水無月が駆けつけた。
「お母さんッ……! どうしたのッ」
「要がいないィィッ」
要はもしかしたら思いつめて命でも絶つかもしれないという母親の懸念が母親を限界に追い込んだ。
「お母さんッ……大丈夫だよ! 大丈夫だから! 僕が見つけるからッ! お兄ちゃんは死ぬ事は選ばないからッ!!」
水無月は母親の頭を抱き締め呪文のように何度もそう言い聞かせた。
水無月は何となく勘が働いた。
「お兄ちゃん、今自分でどうにかしようと頑張ってるんだよ。だから大丈夫。僕、手伝いにいくから」
「ミナちゃん……っ」
「僕、お兄ちゃんを助けるよ、お母さん」
母親は水無月の白くて柔らかい手を取った。
「優しい子ね……あなただって辛いのに……あの犬は、母犬だったんでしょう?」
母親はボロボロと涙を流して頬を沢山濡らした顔で水無月を見上げた。
「うん……あの犬も、お母さんだったよ」
水無月は、あの時残った母犬の顔とまだ暖かかった肉片の感触を思い出した。そして母親をギュッと抱き締めた。
「お母さん、大好きだった。僕にはまだここにもう一人のお母さんも、要兄ちゃんも、お父さんも拓水兄ちゃんもいるよ……まだ皆生きてる……良かった……」
水無月は大きな瞳から暖かい涙を次から次へと零した。
「ミナちゃん……!」
母親と水無月は互いに大切な人が生きてる喜びを分かち合うように抱き締め合った。
そして、要には整理する期間が必要なのかもしれないと考えた家族は、暫く捜索をせずに要からの連絡を待つ事にした。
<<前へ 次へ>>
★拍手コメントのお返事はボタンを押して頂いた拍手ページ内に致します。
拍手秘コメの場合は普通コメント欄にてお返事致します。m(_ _)m
画像5種ランダムあり(*ノωノ)
| ホーム |
コメント
お久し振りですー!
はい、体調の方はその後大丈夫です!
お気遣いありがとうございます^^
Jさまの体調も来月には好転するよう心から祈っております。
不安もあるとは思いますが今の医学はとても進んでおりますし
きっと良くなると思います。
頑張って下さい(>_<)!
そうですね、確かに入院中は時間が結構あるので……
って、無理してはいいけませんよ?!
本当、お互い健康には気をつけましょうね!!
コメントどうもありがとうございました
コメント