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万華鏡-江戸に咲く-52

(うそ・・気付いてた・・?!)
 美月はドキリとした。

「だが俺がどうこう言える立場じゃねえってのは分かってたから・・でも、もう無理みてぇだ。俺は美月が好きで、やっぱり抱きたい。」
「なら、心を決めろ。ケジメを付けろ、夜。でなければ美月を私のものにする。」

 夜は唇をキッと噛んだ。
「先生、そんな無理やり挑発に乗って俺を選んでくれても、俺嬉しくないから・・待つよ。」
 美月は夜の迷いから、今雪之丞を選ばれたらきっと立ち直れない気がして答えを先延ばしにしてもらうような口ぶりを言ってしまった。
「美月、コイツは確かに雪之丞を好きかもしれないがな、過去の衝撃から変に自分に責任を加せている部分があるんだ。それを自分でも好きだからって気持ちに紛れ込ませている気がするんだよ」
(そう・・なの?)
 夜は静かに上体を起こして抱月から離れた。

「んなもん、自分でも分かってるよ。」
「夜・・」
「もう少しだけ・・待ってくれ美月。ケジメ、付けるからよ」
 それは期待と同時にその反対の結末の覚悟もしておかなければいけないという合図でもあった。
 そんな不安気な美月の表情を読み取った抱月が少し意地の悪い笑みを浮かべて美月の頬にキスを落とす。
「大丈夫だ、美月。私ならいつでもお前だけを想っている。あいつがどんな結果を出したとしても俺が側にいてやる。」

 それを見た夜が抱月の首の袂を引いて美月から引き剥がした。
「ありがと、先生。夜も、俺待ってるから。」
「ん・・」
 夜が美月にそっとキスをする。抱月は軽く溜息をつくと、美月の身体に新しい着物を掛けてやった。


 それからはどういう訳か、土砂降りのせいで風邪を引いた人が多く出たからなのか、異常に忙しくなった。
 なるべくならこの時代の処方で直すように心がけてはいたのだが、あまりに酷く薬もろくに買えない様な人には現代の薬を与えたりもした。すっかり手馴れた美月はなかなか頼りにもなり、暇さえあれば現代から持って来た医学書に目を通していたので知識も身に付いてきた。
 急患も多く現代に帰る時間も夜中になってから帰ってそのまま睡眠をとるという状態も珍しくなかった。
 

 夜はそんな美月の姿を見守っているうちに別の輝きが満ちているように見え始めていた。
 自分には無い、やりがいのあるものを見つけて一生懸命に走る美月の姿は夜の瞳を眩しく照らして、思わず目を細めてしまう。
 今までは年がら年中雪之丞の心配ばかりしていたのが、気が付けば美月の事を気にしてばかりいるようになった。
 抱月に言われた通り、あの時のショックと責任と約束が自分を縛っているのも認めたくない事実の部分であったがそればかりではない。夜自身、昔から本当に雪之丞が好きだった。
 それこそ一生手が出せなくても、雪之丞の笑顔が守れるならそれでも構わないとずっと想っていたほどだ。
 ケジメを付けるという事は、どちらかを失うという事。
 夜は頭を抱えた。
 
「どうしたら・・いい?」



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