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それから54話

 弘夢は最後のお客の接客を終え、出された洋服を片づけていた。
 淳平と再会し、自分の気持ちが染み出してしまうようなキスをしてしまってからすっかり心の中は淳平で満たされていた。そしてもう一度自分に会いに来ると言われてから緊張は一度も溶ける事はなかった。あれだけ淳平を好きな気持ちが全く衰えてない自分を再確認して、果たしてきちんと話しが出来るか不安だった。そして同時に、あの淳平の恋人の姿が目に焼き付いて脳裏から離れなかった。

 弘夢は、最後は自分が店を閉めると申し出て他の店員を先に帰らせた。
 迎えの車は既に地下のガレージに来ている筈だが、何時になっても待っているよう命令されている運転手の事は気にする必要はなかった。
 もうすぐ淳平が来る頃だと落ち着きのない足取りで窓の外を見ると、店の門を開閉する守衛が一台の車に乗った男と何やら話しているのが見えた。
 守衛の事をすっかり忘れていた弘夢はしまったと焦ったが、意外にもにこやかに守衛は淳平の車を中へと通した。
 来客用の駐車スペースにスッと停めて、見慣れた男らしく艶のあるスーツ姿の淳平が弘夢の待つ玄関へと歩いてきた。
 
 淳平が車から出てきた姿を見ただけで心臓が飛び出しそうな程緊張し、そして心が色めき立った。
 目の前まで来た淳平に平静さを装って扉を開け、「いらっしゃいませ」と店員としての最低の義務を果たした。

「よく入れたね」
「あぁ・・渡が・・沢村って今一緒にいる奴、この間一緒に来た子なんだが・・」
「あぁ・・うん。」
 親しげに下の名前を出されただけで胸がズキズキと痛む。
「あいつの連れだって守衛の人が覚えててくれて、入れてくれた」
 ここの会員になるくらいだから相当な金持ちか、そういった類のセレブの家計なのだろうと弘夢は思った。
 淳平の恋人相手として自分よりも何倍も良い条件の相手に、水面に広がる油のように劣等感が広がっていく。

(沢村・・渡くんて言うんだ・・)

 実際には、以前渡の見せたカードで木戸の関係者だと分かった守衛はその連れの淳平をしっかりと覚えていて、疑いもせずに中へと通したに過ぎなかった。

 弘夢は淳平を中へと通し客間へと案内した。ひとまずお茶の用意をするからと部屋を出て行こうとすると、弘夢の細い手首を淳平が掴んで引き留めた。
「お茶はいい。話がしたい」
「う、うん・・」
 掴まれた手首はジンジンと熱を持ち、身体が火照ってくる。

 少し見ないだけで淳平がまた違って見えた。前よりもずっと恰好良く見えてしまうのは、弘夢がただ単に淳平を好きなだけという理由でもなさそうだった。
 可愛い恋人に家庭的な空間で心身共に健康的に過ごしている淳平は肌の艶も良くなり、身体も相変わらずのスタイルを維持しているようだった。
 弘夢はツタが木に這うように視線を淳平の身体に厭らしく巻き付けてしまう。この身体に自分よりも小柄な可愛らしい恋人は抱かれているのだろうか。そう考えると、時枝の“殺したい程憎い”と言った気持ちが的を得た言葉に思えてくる。

 濃紺のベルベット生地で覆われた座り心地の良いソファに腰を掛けた淳平が口を開いた。
「お前、何でこんな所で働いてるんだ」
「ここの方が・・気楽だし・・給料も良いから・・」
 この店が木戸の関係している場所だと知られたくなかった。
「この間は、何で泣いた?」
「ああいう時、泣いた方が気分が盛り上がるじゃない?」
「はっ・・そんな風には思えなかったぜ?何か隠してないか、お前」
 淳平の言葉にドキリとするが、誤魔化しきれなかった場合を想像すると冷や汗が出て平静さを保てた。
「別に隠してないよ、淳平の期待するような事はね」
 なるべく自然に気だるい笑みを浮かべる。

「どうして俺のキスに応えてくれたんだ」
 ふと口を開いた淳平の核心に迫る質問に視線を外す。
「別に・・嫌いじゃないし」
「嫌いじゃない・・か。じゃあ、好きか?」
 淳平は冗談でも言うように軽く笑いながら聞いてきた。淳平の笑顔を見たのは久しぶりで弘夢は胸がキュンとなる。ここで心から淳平だけを愛していると言えたらどれだけ幸せだろうか。
「好きか嫌いかって聞かれれば好きだよ。」
 弘夢の静かな笑みの答えに淳平は寂しそうに「そうか」と笑った。
「でも、あの男の方を選ぶって言うんだろ?」
「木戸さんの事?」
「ああ」
 選ぶも何も、自分に選ぶという道は与えられていない。木戸を選ばなければ淳平は簡単に消されてしまう。だが、皮肉な事に、こうして再会する事で自分の心は淳平に揺るがない想いがあると確信してしまった。木戸は自分を好きになれと言ったが、心の選択は一つしかなかったようだ。
「うん、俺はあの人じゃないと満足出来ない身体になっちゃったから。」
 弘夢の言葉に淳平の切れ長の瞳がスッと視線を逸らした。

 そして弘夢はずっと言いたかった事を言う。
「淳平、あの時、酷い事言い方して・・ごめん」
 弘夢があのマンションの前で木戸と淳平と3人ではち合わせた時に酷い仕打ちをした事を言っているのに気づいた淳平は軽く笑みをこぼして「気にするな」と言ってくれた。
「あの後、別に死んでもいいかなって思ってたんだが、そんな中でもずっと渡が傍に居てくれて・・」
 弘夢は、自分は死に追いやる事しか出来ない淳平と、ここまで健康的に幸せな日常を与える事の出来る相手との差に決定的な格差を感じた。
「お前が全てで・・本当に愛してたから、手に入らないなら生きてても仕様がなく思えたんだ。」
 淳平に生きていて貰う為にした仕打ちが裏目に出た事に今更ながら血の気が失せた。
「ねぇ・・今は?死にたいとか思わない?」
 つい感情的に聞いてしまった。だがその質問に、何かを見つけたような顔をした淳平が意を決したように言った。
「あぁ。もう、思わない。大切にしたいって思ってる奴も出来たし・・な」
「そう・・・・良かった。」

(泣くな・・)

「ごめんな、お前のせいにして嫌な思いさせて。それより、お前あの木戸って男は何なんだ?」
「木戸さんは俺の命の恩人で、そして俺を愛してくれているんだ。」
堪えた涙の薄い膜で覆われた瞳を見られない様に伏し目がちに答えた。
「恩人?」
「うん。俺をちょっと危ない人から救ってくれて、その時そいつから多額で俺を買ってくれたんだ。だから俺はあの人のものだし、最初はびっくりしたんだけど・・俺の事をとても愛してくれている」

「お前は?あいつをどう想ってるんだ?」

「愛して・・るよ。淳平は・・幸せ?」

「・・あぁ。幸せだよ。お前は?」

(淳平が幸せなら・・)

「幸せだよ」

 黒いオニキスの首輪がキラリと光る。

「そうか。それなら・・いい。それだけ知れて、良かった」
 淳平はスッと席を立ち、ドアの方へと歩く。その後を静かに追いかけて帰りそうな淳平を引き留めたい衝動を必死で押さえた。
 淳平はドアの前で止まると、クルリと振り返り弘夢の手を取った。その感触にドキリとしたが、掌の中に何か物が入って来るのを感じて驚く。
「物だと・・残ると怒られるかと思って・・それで勘弁な。」
 そう言って優しい笑顔でそっと淳平がおでこにキスをした。
「メリークリスマス。」
 そう言って淳平は去って行った。予想しなかった事に弘夢は足が動かない。手の中を見ると、可愛いラッピングのしてあるクッキーがあった。

(こういう事・・するなよ・・)

 嬉しい気持ちとそれ以上の苦しい気持ちで涙はポロポロと絨毯の上に落とされていった。



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コメント

かやさま
> これって、まさに、表面上は、時枝さんの仕組んだ思惑通りの展開なのでは!
> 相手の幸せを思うゆえの言動が、すれ違ってすれ違って逆向きで噛み合ってしまっている!

人の心理を操る時枝。
何気に思惑通りに来てしまったこの展開ですがこのままどう突き進むかです!
おおっ!逆向きに噛み合っている!すごい表現です!!
....((φ(д・。)ホォホォ…←


> オニキスの首輪がいい演出してますね~。デカイ結婚指輪のよう・・・。
> そこでクッキーあげちゃう淳平くんに、昔の「たらし」の名残りを見てしまいました・・・。

デカイ婚約指輪!!かやさん、何という素晴らしい表現能力でしょう!
何だか良いイメージです!!( ゚Д゚ノノ"☆パチパチパチパチ
あはは!昔のたらしイメージがここでww
変に気遣いが出来てしまうとモテてしまったりしますしね^^;
弘夢をこれ以上掻き回してくれちゃって淳平も罪な男です(>_<)

コメントどうもありがとうございましたe-415
桔梗.Dさん | 2010/08/23 16:10 | URL [編集] | page top↑
秘コメYさま
2パターンも予想して頂けてありがとうございます(笑)
あまり詳しく内容に関するリコメが出来ませんが、とても面白く
拝見致しました☆
一人でムフフと笑いながら、またヒヤリとしながら・・

いえ、そんなに手強くなんてないです^^;
残りもうそろそろラストスパートが始まりますので結果をお楽しみにです^^

コメントどうもありがとうございましたe-415
桔梗.Dさん | 2010/08/23 16:03 | URL [編集] | page top↑
これって、まさに、表面上は、時枝さんの仕組んだ思惑通りの展開なのでは!
相手の幸せを思うゆえの言動が、すれ違ってすれ違って逆向きで噛み合ってしまっている!

オニキスの首輪がいい演出してますね~。デカイ結婚指輪のよう・・・。
そこでクッキーあげちゃう淳平くんに、昔の「たらし」の名残りを見てしまいました・・・。
かやさん | 2010/08/23 09:20 | URL [編集] | page top↑
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さん | 2010/08/23 06:34 | URL [編集] | page top↑
アドさま Re: クッキー!
おはようございます!アドさん、早いですね!!

> 淳平さん…今日は凄く素敵←酷

バンバンヾ(≧▽≦)ノギャハハ☆
いや、本当、そうですね(笑)
昨日は・・Sの気分だったのでしょうねきっと(笑)


> いえいえ、ちょっと前まで、ひげに汚部屋で不健康に落ち込んでいたのに、スーツ姿で肌つやも良くって…これは、やっぱり渡くんのおかげなのよねー。

ヒゲに汚い部屋にカピカピしてましたよね(笑)
全くもって渡に感謝ですよねー!服まで買って貰って毎食作って貰って・・。


> そんな素敵淳平さんを好きな気持ちをぐっと抑える弘夢にクッキー!!

ダメ押しですねww
一応気を使って後に残らないものを、とクッキーを買ったようですw


> オーマイガー((((((ノ゚⊿゚)ノヌオォォォ
> 弘夢!とどめ刺されました!

トドメですね(笑)
惨いよジュンぺ― o(>д<。 o)エーン!


> 私も_ノ乙(、ン、)_

なんとヽ(゚Д゚;)ノ!!アドさんが倒れられている!!
クッキー攻撃で倒れたのだ。紅茶をお持ちします!←(_- )

コメントどうもありがとうございましたe-415
桔梗.Dさん | 2010/08/23 06:13 | URL [編集] | page top↑
澪さま
> 本当は二人とも本音をぶつけ合いたいだろうに、相手の幸せを考えて探るように飛び出した偽りの言葉。
> あぁ、何て切ない場面なんだっo(>_< *)(* >_<)o ジタバタ

やっぱり偽っちゃうみたい(ノ△・。)
相手を想ってるからどうしてもそうなっちゃう・・。
あぁ・・澪ちんがジタバタしている!ありがとう!


> せっかくのチャンスだったかもしれないのに、そっちの選択肢を選んじゃったんだね(ノω・、) ウゥ・・・

そうなんだよね。チャンスだったのにね・・。
何でそっちを選ぶかなぁ・・。
弘夢、本当に幸せなら問題はなかったかもしれないけど、淳平に逢って自分の押さえてた
気持ちを再確認しちゃったから辛いと思うよ(>_<)


> また二人は別々の所に行っちゃうのかな・・・。

今回の事で別々の所に行っちゃったね( p_q)エ-ン
これから先は・・それぞれの幸せが見つかるといいなと思うよ(>_<)

コメントどうもありがとうございましたe-415
桔梗.Dさん | 2010/08/23 05:46 | URL [編集] | page top↑
クッキー!
淳平さん…今日は凄く素敵←酷

いえいえ、ちょっと前まで、ひげに汚部屋で不健康に落ち込んでいたのに、スーツ姿で肌つやも良くって…これは、やっぱり渡くんのおかげなのよねー。
そんな素敵淳平さんを好きな気持ちをぐっと抑える弘夢にクッキー!!
オーマイガー((((((ノ゚⊿゚)ノヌオォォォ
弘夢!とどめ刺されました!
私も_ノ乙(、ン、)_
アドさん | 2010/08/23 05:39 | URL [編集] | page top↑
夕華さま Re: ありゃりゃ・・・
> みんなの思いが切ない・・・
> これ、ラストはどうなるんでしょう?やっぱり予想出来ないわ~

今回ちょっと長くなってしまいましたー^^;
すみません。
確かに皆の想いが切なく分かれて行きますね(>_<)
ラスト・・予想出来ませんか!うーん、もし出来てしまったら秘コメで(笑)


> 桔梗さん、貞操帯で上げたり←
> 切なく下げたり、読者を翻弄して本当に罪なお方♪

そんな!翻弄なんて恐縮です(>_<)
なんと!罪ですか!では罰をお与え下さい・・。(ド○トエフスキー?)


> 貞操帯で上がったのは私だけか?(笑)

さすがです、夕華さん(笑)
大丈夫です。木戸も上がってます!

コメントどうもありがとうございましたe-415
桔梗.Dさん | 2010/08/23 05:36 | URL [編集] | page top↑
本当は二人とも本音をぶつけ合いたいだろうに、相手の幸せを考えて探るように飛び出した偽りの言葉。
あぁ、何て切ない場面なんだっo(>_< *)(* >_<)o ジタバタ
せっかくのチャンスだったかもしれないのに、そっちの選択肢を選んじゃったんだね(ノω・、) ウゥ・・・
また二人は別々の所に行っちゃうのかな・・・。
さん | 2010/08/23 03:55 | URL [編集] | page top↑
ありゃりゃ・・・
みんなの思いが切ない・・・
これ、ラストはどうなるんでしょう?やっぱり予想出来ないわ~

桔梗さん、貞操帯で上げたり←
切なく下げたり、読者を翻弄して本当に罪なお方♪

貞操帯で上がったのは私だけか?(笑)
夕華さん | 2010/08/23 00:36 | URL [編集] | page top↑

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