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万華鏡-江戸に咲く-19

 美月の痙攣は約10分程で治まった。美月はドライの手前までは自慰で開発済みだったが、どうしてもその先の未知の領域へは辿り着けずにいた。ましてや、他人の手でなどで到達した経験は無かった。

 初めての事だったが痙攣が治まった後でもふわふわといつまでも余韻が全身を包んで気持ちがいい。思うように動かない身体を抱月が前回と同様に綺麗に拭いて布団へ寝かせてくれた。
「先生ってテクニシャンなんだね。俺初めて後ろだけでイったよ。」
「てくにちゃん?私のあだ名か?」
「あっはは!誰だよ、ソレ!違うって。先生は性行為の匠だって言ってるの!技術が凄いって!」

(なんか言ってて恥ずかしくなってきた。先生にカタカナ用語教え込まないとな・・)

「なるほど。美月にそう言ってもらえると光栄だな。若い時の経験も無駄ではなかったという事だ。」
「先生、どんだけ遊んだんだよ・・」
「ふふ。秘密だ。」

(こわ・・)

「さて、勉強をしようか。」
「へーい」

 美月は基本的な医療知識を学ぶべく講義を抱月から受けることにしたのだ。
 江戸時代の医者は現代のように試験を受け、資格を持った者のみがなれるという特別な職業では無い為、なろうと思えば誰でもなれるものであるらしい。ただ、やはり専門的な分野なので初めは弟子入りをして勉強をしていくようだ。

 美月は自分の微量な力と現代の優れた市販薬のお陰で、何の取柄もない自分でも人の役に立てた喜びを味わって少しでもここにいる間にたくさんの人を助けたいという気分になっていた。そこで、頼んで抱月にこの時代の医療と薬剤の知識を教えてもらうことにしたのだ。
 一週間程経つと、大分検診の仕方や薬の種類など覚えてくる。抱月と毎日を共にしていると自然と顔馴染みも増えていった。
 今日は抱月が切れた薬をどうしても手に入れなくてはならないが、検診をしなくてはならない患者もいるという事で、美月が一人で検診に行く事になった。
 その患者は昔から身体が弱く何度か倒れた事もあるというのだが、最近は体調が安定している患者で、様子を伺いに行くだけのものだから大丈夫だろうという事だった。

 不安な気持ちで言われた通りの道を進む。心地よい暑さの日差しがアスファルトの一つもない道路に反射する。茶屋の前では砂埃が立たぬように水を撒いている所もあった。
 ジャリジャリと草履で小石を踏む音を立てながら、多少は慣れた足取りで進んでいくと見慣れた路地に出る。そこはたまにしか通ることのなかった夜と呼ばれていた男の店がある通りだった。偶然またどこかで鉢合わせてしまったらどうしようかと心なしか鼓動が早まる。

 店が近づくにつれ、わざと顔を反対側に背けて俯き加減に早歩きで店の前を通り過ぎる。
 何となく店の前に番をしている人影が見えたような気もしたが、誰にも声を掛けられなかったのでホッと安堵して再びゆっくりと歩き出す。気が逸れて左側の綺麗なカンザシに目をやりながら歩いているとドンッと肩に衝撃を食らう。反動で思い切り尻もちを付いてしまった。

「イデッ!~ッ」
「お・・わりぃーな。ついよそ見しちまって。ほらよ。」
 そう言ってこっちが悪いにも関わらず気を使って手を出してくれる男に美月もお詫びをしながら男の手を取る。
「いや・・こちらこそ、よそ見しててすみませ・・ん!!?」
 グイと腕を引かれて起き上がると見覚えのある男の顔が間近にあった。

「ぅぎゃ~!!でたーッ!!」
 男はうるさそうに指を耳にツッコミ見月の叫びを遮断する。
「っるせーな。またオメーかよ。探してる時にはいねーくせに急に沸いて出やがる。」
「そりゃあこっちのセリフだ!遭わないようにしてたのに急に現れやがって!」
 この男を目の前にするとどうもケンカ越しになる。男の飄々とした態度も人を馬鹿にするような言い草も全て癇に障るようだった。

「そんな事より今日先生はどうしたぃ?お前一人か?」
 相変わらず風来坊のような格好のクセに人を一瞬で虜にさせるような目線を投げてくる。それがわざとやっている訳ではないのがまた妙に腹立たしい。
「ああ。先生は大事な用があるから今日は俺一人で検診だ。だから俺は今忙しいんだ。じゃな!」
 別段急いでる訳でもなかったが、長々と話をしたくなくてそそくさと退散しようと思った矢先にズルッと足が変に滑って前つのめりに転びかけた。

「うわぁっ!」
「おっ・・とぉ。っぶねーな・・」
 顔面に来るであろう強烈な衝撃に耐えようと顔にグッと力を入れたが衝撃は無く、代わりにがっしりとした大きな腕に身体が抱かれていた。
 夜は着痩せするタイプなのだろうか。腕に抱かれると服の上からでも分かる筋肉を感じて顔に熱を持ってしまう。倒れ掛かった身体を起こすと白檀にも似た香りは男から発せられる独特のものだろうか、ふわりと鼻腔をくすぐると脳がジンと痺れる。それは一種フェロモンのようなものに近かった。

「あ・・ありがと・・」
「あー・・こりゃあ草履の鼻緒が切れちまってらぁ。」
 夜はしゃがみこんで草履を検証する。
「え!どうしよう・・これから検診行かなきゃいけないのに。新しく買うお金も今は持ってないし・・」
 焦る美月をしゃがんだままの体制で下から覗くと「はぁ・・」と大きく溜息を付いて自分の履いていた下駄を脱ぐとぶっきらぼうに渡してきた。
「ほらよ」
「・・・は?」
「は、じゃねーよ!コレ履いてけってんだよ。」
「なんで・・だってそれじゃあお前、裸足じゃんかよ!」
「別に店はすぐそこだし構わねーよ。それよりお前検診行かなきゃなんねーんだろうが。いちいち細けぇ事気にすんなッ」

 強引な口調だがこの申し出は美月にとって非常に有難いものだった。
「あ・・じゃあ、遠慮なく。お借りします。」
 少し大きめの下駄を受け取ると素直に履く。まだ夜の履いていた時の温もりが美月の足の裏に伝わると初めて夜という不審で美しい男の優しさに触れた気がした。
「おう。精進しろよ。」
 夜はそれだけ言うとキュッと口角を上げて裸足のまま立ち去ろうと歩き出す。
「あのっ!」と慌てて夜の袖を強く掴んで引き止めると袖口からパタリと小さな布袋が落ち、何も入っていない様子の袋からは小さな欠片が幾つかパラパラと出たのを見る。

(ん?・・何か落ちた・・米粒?)

「今度はなんだ、急に人の袖口引っ張りやがって」
 落ちた布袋を拾うと眉間にシワを寄せて美月を睨む。
「あ、何度もごめん。お礼・・そう。お礼するから!下駄返しに行った時にでも。」
 夜は途端に表情を企むような笑みに変えると美月に近づき、長い人差し指で顎をクイと持ち上げる。
「お礼は是非ともしてもらいたいね。この美味しそうな唇、お礼に吸わせてよ?」
 美月は急に近づけられた夜の唇にドキンと心臓が跳ねる。
そしてパシンッと夜の手を跳ね除けた。

「ふ・・ふざけんな!またお前はそうやって!・・と、とにかく普通に礼はするから!首洗って待ってろ!いいな!?ぶわぁーか、ばーか!」
 不覚にもあんな不埒な奴に心臓が跳ねた事の悔しさと恥ずかしさで、まるでガキのような罵倒を残しながら美月は走り去って行った。
 夜はカランカランといい音を立てながら耳まで赤くして走って行く後姿を見ながらクスクスと笑い、またあの調子で走って転ばなければいいが、と思った。
「しかし礼をしに来るのに首を洗って待てとは・・愉快な奴だ」



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先生に現代語を教えないと
ひたすらツッコミを入れないといけませんからね


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