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万華鏡-江戸に咲く-20

 しばらく歩くと目的地らしき店が目に入る。そこはこじんまりとした煙草屋だった。
表から覗くと少し薄暗い店内には色々な種類の煙管や煙草盆という炭火を入れる「火入れ」と灰を落とす「灰吹き」を入れる専用のお盆など各種凝ったデザインのものが置かれている。

「ここ・・かな?」
 中に入ってみるとふわりと煙草の草の匂いがする。
 番頭の男が「らっしゃい」と愛想よく挨拶してきた。人の良さそうな男だ。年は差ほど美月と変わらない印象を受ける。

 男の頭には短いギザギザの前髪に結ってある髷が頭の上に乗っている。キリッとした眉と力強い目が利発そうに見だ。ほんのり日焼け程度の浅黒い肌は実に健康的で、美月にはこの男が体の弱い患者には見えなかった。

「あ、すみません。私、秋本と申しまして今日は幸村先生の代理でこちらに検診に来るよう言われて来ました。御身体の調子はいかがですか?」
 とりあえずは見た目で判断してはいけないと思いつつ質問をする。すると男は「はっはっは」と歯切れの良い笑い声をあげた。
「あ・・すんません。いやぁ、オラぁ風邪も引いた事ない程健康なんで。大丈夫でさぁ。俺は栄吉ってモンで、身体が弱いのは俺じゃなくて今休憩中のお雪だ。裏手に回ってくんな。そこにいるんで」

「えっ・・ごめんなさい!俺も、あなた見るからに健康そうだからどこが悪いのかと・・」

(あれ?俺今結構失礼な事言ったかも・・?)

「おうよ。健康優良児だからよっ。しっかし幸村先生のお弟子さんがこんなにべっぴんだったとはねぇ。お雪も美人だけどアンタもえらい美人だ。最近、ここらじゃ噂んなってるぜ?幸村先生んトコの弟子はそこいらの太夫や花魁以上だって。」

(良かった。気にしてないっぽい・・)

 花魁は吉原遊郭の上位の遊女で一般人には雲の上の存在だ。会ったばかりの男にそんな事を言われて機嫌が悪くなるのかと思ったが、栄吉のあっけらかんとした物言いに逆に親近感を感じてしまった。
「そりゃあどうも。では私はこれで失礼します。」
「はいはい。またいつでも来てくんなっ。あ!そうだ。忠告しとくがアンタ、そんだけ綺麗なんだ。金持ち連中や大名には気をつけなよ?気に入られたら有無も言わさず連れてっかれちまうから。そうなったら最後、アンタの身体はもうそいつらのモンだ」

 その言葉に信じられないという顔をして振り向く。
「ほ・・本当ですか?それって立派な拉致じゃないスか?」

(現代だったら犯罪だぞ?江戸、こえぇーッ・・)

 お気をつけて、と爽やかな笑顔を残して見送るその栄吉を背に店の裏手へ回る。

 古びた木製の扉を叩いて再度声を掛けると中から高めの、透き通るような声がする。
ガラガラと引かれた戸に現れた人物にハッと目を奪われた。
 美月よりも少し低い背丈で、華奢な体つきは健康だったとしても病弱に見える。色白の肌は蒼白に近く、後ろで一本に下で束ねられた髪は前側に垂れている。
黒い髪の色とのコントラストで一層白さが売り彫りにされるようだ。黒目がちで憂いを含む奥二重の目に、スッと通った鼻筋の下には桜唇が添えてある。
「・・・・・」
 お雪と呼ばれる男も突然現れた魅惑の美青年に言葉を失っているようだったが、お互いハッと気が付いて慌てて話しかける。

「あ・・すみません、幸村先生の代理で検診に来た秋本と言います。今よろしいですか?」
「あ、はい。どうぞ、上がってください。」
 そう言って微笑んだその人はまるでスズランのように純白で可愛らしいと思った。
何もないですが、とお茶をごちそうになりながら話をする。
「お雪さんって名前聞いて実は俺、女性かと思っちゃってました。すみません」
「え?ああ、そうですよね。栄吉さんにお雪って呼ばないでって言ってるのにその方が似合うとか言って聞いてくれないんです。本当は雪之丞って名なんです」
「あ、そうなんですか。でも雪之丞さん、すごく綺麗だからお雪って言われてなんだか納得しちゃいますけどねっ」
「もう、秋本さんまでっ。秋本さんこそ綺麗ですっ。さっき初めて見た時すごく見入ってしまいました・・」

 うっとりと見つめられると美月の方が照れてしまう。
 美月はもっぱら受けの方だが雪之丞を見ると抱きたいという男の気持ちが理解できる気がした。守ってやりたいという男の本能をくすぐるような儚い美しさがある。少しでも力を入れたら落ちてしまう花びらのような・・。純潔、繊細、きよらかな愛。スズランの花言葉にもピッタリの人に見えた。
 検診も滞りなく済んだ。昔から身体が丈夫ではない上になかなか栄養のあるものが手に入らない為虚弱体質であるようだ。今まで幾度か倒れてしまい、その都度幸村の世話になっていると言う。貧乏な雪之丞に幸村はいつも多額の料金を取ることはせず、心苦しいが感謝の言葉もないと目を潤ませた彼を思わず抱きしめたくなる程健気で可愛らしいと思った。

 雪之丞には2つ下の弟が居て、弟にはきちんと勉学をさせてやりたいと住み込みで働いているのだという。聞けば雪之丞は美月よりも3つも年下でまだ17だと言う事が判明した。美月は、まだ現代では高校生である彼の、懸命に誰かの為に生活をしている姿に自分の甘さとちっぽけさを感じて恥ずかしさが込み上げてきた。

 どのくらい話をしただろうか。いつの間にか随分と時間が経ってしまっていた。美月は雪之丞ととても気が合い、随分と話し込んでしまった。それは雪之丞も同じ事らしかった。
 そろそろおいとましようかと腰を上げた時、ふと何気なく目にしたお勝手の先には枡に盛られた白米があった。
白米はなかなか貴重なもので手に入れられにくいはずだった。ましてや、雪之丞のような金のあまりない庶民にはそんな余裕はない。そう思っていると、米に注ぐ視線に気付いた雪之丞が訳を話出した。

「それ、幼馴染がくれたんです。あいつだってそんなに金ないだろうに。」
 そう言った雪之丞は白米を見つめながら少し心配そうな、でも愛おしそうな表情を作っていた。
「良い幼馴染なんですね」
 そう言うと、満面の笑みでスズランが揺れた。

「はいっ。僕には弟しか家族はいませんが、あいつも家族と同じくらい大切な、かけがいのない奴です。離れて暮らす今でもしょっちゅう煙草を買いに来ただのと理由を付けては顔を見に来てくれるし・・こうやって色んな栄養のあるものとかくれる。口も悪くて不器用だけど本当は優しくて・・でもどこでお金を手にしてるか言わないのが心配で・・あ、すみません。自分の話ばっかり!」
 美月はふと先ほど夜の袖口から落ちた袋から転がった米粒が頭に浮かんだ。

(今日は米に縁のある日だな・・)

「でも何だか羨ましいです。俺は・・ちょっと遠い所から人探しに来てて。お金も無かったので幸村先生の好意で住み込みで弟子として働かせてもらってるんですけど。逢うべき人が誰なのか全く分からなくて・・。本当に逢えるのかな・・」
 そんな不安な気持ちをふと雪之丞に洩らしてしまう。
「そうだったんですか・・。そればっかりは難しい事かも知れないし・・簡単な事かも知れないですよね。だってもしかしたらもう既に出逢ってて、これから気付くかもしれないだけって可能性もあるし。」

(もう既に会ってるかも?!それって結構限られてる・・。あ、でもすれ違ったりって可能性もそれに入るか・・。)

「そうですね。もし、出逢う事が出来たらその時は・・俺江戸から離れる時なので、もう少しゆっくりと探すことにします。せっかく雪之丞さんと逢えて、もっと仲良くなれそうな気がしてるのにすぐお別れは寂しいですから。・・って患者さんに失礼な事、すみませんっ」
「いえいえ。僕の方こそいいお友達が出来て嬉しいです。またいつでも遊びに来て下さい」

 美月は思いがけず仲良くなれそうな相手との出会いに気持ちが嬉しくなった。

(お礼、何がいいかなー。)

ウキウキ気分で夜に渡すお礼を考える。色々と周りの店の物を見渡してみるがなかなかコレと言ったものもない。お金もそんなに無いので、せっかくだから現代で何か作って持っていってやろうと決めた。

(ふふっ・・驚くかな、アイツ。)

 夜の驚く顔を想像して、急遽思いついた2度目の里帰りを決意した。



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スズランちゃん登場す
柱| ̄m ̄) ウププッ  


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