09/01/2010(Wed)
それから63話
“時枝”。その名前と渡の不審な行動が気になって仕方がなかった。渡を疑いたくは無かったが、友達だとしてもあの時電話を取った時の渡の顔は機械の人形のようにさえ見えた。
自分はまだ渡について何も知らないのではないか、そう思うとこの温かな笑顔の青年が虚像のように感じて不安になった。
ホテルから帰宅し、2,3日様子を見てるが特に変わった様子は無い。“時枝”とのやりとりも着信履歴を見る限りあれからは連絡を取り合っていないようだ。
「ん・・・ん・・」
手を頭の上に組んで寝ながらベッドで考えていると渡が寝ながらすり寄ってきた。情事を終えた後なので疲れ切った渡は可愛い寝顔を見せていた。
ふわふわとした髪の渡の寝顔はまるで天使だ。淳平はそっと身体を起こし横になると渡の頬に触れた。そしてゆっくりと口付けをする。
(渡・・何を隠してる・・)
渡は無意識にベッドの中の冷たい布地を避ける様に、温かな淳平の胸元に蹲ってきた。
淳平は柔らかく温かなその身体をそっと不安な気持ちで抱きしめて目を瞑った。
次の日、淳平は帰宅すると早々に冷えた身体を温めようと浴室へ移動した。渡はその間に夕飯の支度をすると言っていつもように家庭的な音をリビングに響かせていた。
服を脱いで浴室に入ると、冷え切ったタイルの冷たさがヒヤリと皮膚を覆ってくる。急いでシャワーを出して湯気で空気を暖めていたら、リンスが残り少なくなっているのに気付いた。
確か予備があったなと思い、タオルを腰に巻き脱衣所に出て引き出しを漁っていると、ドアの向こうから話声が聞こえてきた。
途端にドクンッと心臓が高鳴る。
(誰かと話しているのか?)
耳をドアに付けてみるが浴室のシャワーの音でなかなか聞こえない。淳平はそっと丸いドアノブに手を掛け、カチャリと音を立てない様にゆっくり回し、ほんの少し扉を開けると、渡の声が鮮明に聞こえてきた。
「ええ。・・ええ。あ、ちょっと待って下さい。今予定を見てみます。・・・・2日後・・は大丈夫です。はい。変更は別に構いません。・・はい。ホテル花音のロビーに20時・・はい。分かりました。では。」
誰かと会う約束を取り付けたような内容に、震えるような緊張が淳平を襲った。
怖いと思った。今の淳平には渡がとても大切で、また何かの拍子に自分の手からすり抜けてしまうような感覚に陥る。
渡の隠している事を知りたい。知ってしまったら何かが変わるのだろうか。それが一番の恐怖だったが、このまま黙って気にしないでいられる程の相手でもなくなっていた。
これから一緒にやっていくと決めた以上、真実を知らなければいけない気がした。
―2日後にホテル花音のロビーに20時。
* * *
あれから弘夢は時枝の動向を探っていた。どうやら“沢村渡”と会う日にちが調整されたようだった。
今夜20時、このいつも自分が塒(ねぐら)としてるホテルのロビーで真実が明らかになる。
弘夢はこれまで淳平を守る為に行動してきた。淳平が何事も無く幸せに日常を過ごせる事だけを願い自分を押し殺してきた。
淳平に恋人が出来たと聞いても、淳平の前向きな気持ちと決意が感じられた。だから少しずつ諦めもつくかと思ったところだったのだ。
事情は変わった。
この先いくら見守っていたとしても木戸の手によって虚像の世界で淳平は浮遊する事になり、裏切られる恐怖に淳平以上に自分も恐怖していくだろう。
―だったらいっそ・・
逃げ切れないと分かっている。木戸の力の前ではどこに逃げようと同じだ。国を越えようとしてもそれは万分の一の確立での成功でしかない。
それでもダメなら、一緒にいられる世界は何も現世でなくてもいい。
今は二人で心から素直に手を取り合い逃げたい。そして想いを伝えたい。
本当はお前だけを心から愛していた、今も変わらず愛している。そう言いたい。
弘夢はそんな思いが刻々と強くなっていった。
時刻は20時10分前。
動く時枝を見て、部屋にいる執事に時枝に伝え忘れた伝言があると言って部屋を出る。ロビーには既に時枝と以前見かけた青年がいた。
二人は無表情に淡々と話しをし始めた。
この明らかになった真実によって弘夢の覚悟は点火される。
そっと遠回りをして死角から回り込む。丁度観葉植物で顔も見えないようになっている。そして斜め後ろから話しを聞く。
例え、どこかで直ぐに自分の不審な行動がバレてしまっても構わなかった。ただ真実さえ聞ければ。
「漸く淳平くんも君を見るようになったというのに・・。仕事を辞めたいとは一体どういう事です」
時枝の冷ややかな声が静かに空気を振動させて伝ってきた。
「要するに淳平さんを弘夢さんに近づかせない様にすればいいんですよね?でしたらご心配要りません!僕はこの先もそれだけは守っていきますから!弘夢さんを忘れさせますから!」
渡の声は少し興奮気味に何やら必死に訴えている。
(決まりだ・・。やっぱり時枝さんが送り込んでいたんだ・・!)
弘夢は二人の前に飛び出した。
弘夢の姿を見た時枝は眉一つ動かさず、渡はそのクリっとした大きな瞳を更に大きく見開いて動きを止めた。
「弘夢・・・さん・・どうして・・」
渡は腰を浮かせた。
弘夢は怒りで煮え滾るマグマの様な真っ赤な発光する塊のようなものを渡にぶつけてやりたい気持ちで拳を握りしめ近づいた。
「よくも・・」
「待って!違う!僕は本当に先輩の事をっ!」
その時、時枝がふと顔と視線を上げ、ある一定のものに定めた。
「おや・・・呼んでもいない来客がもう一人・・」
その声に気付いた弘夢と渡が時枝の視線を辿ると、そこには硬い表情の淳平が立っていた。
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またオープン致しますのでしばしお待ち下さいませ。いつもコメして下さる方々にはお詫び申し上げます。
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自分はまだ渡について何も知らないのではないか、そう思うとこの温かな笑顔の青年が虚像のように感じて不安になった。
ホテルから帰宅し、2,3日様子を見てるが特に変わった様子は無い。“時枝”とのやりとりも着信履歴を見る限りあれからは連絡を取り合っていないようだ。
「ん・・・ん・・」
手を頭の上に組んで寝ながらベッドで考えていると渡が寝ながらすり寄ってきた。情事を終えた後なので疲れ切った渡は可愛い寝顔を見せていた。
ふわふわとした髪の渡の寝顔はまるで天使だ。淳平はそっと身体を起こし横になると渡の頬に触れた。そしてゆっくりと口付けをする。
(渡・・何を隠してる・・)
渡は無意識にベッドの中の冷たい布地を避ける様に、温かな淳平の胸元に蹲ってきた。
淳平は柔らかく温かなその身体をそっと不安な気持ちで抱きしめて目を瞑った。
次の日、淳平は帰宅すると早々に冷えた身体を温めようと浴室へ移動した。渡はその間に夕飯の支度をすると言っていつもように家庭的な音をリビングに響かせていた。
服を脱いで浴室に入ると、冷え切ったタイルの冷たさがヒヤリと皮膚を覆ってくる。急いでシャワーを出して湯気で空気を暖めていたら、リンスが残り少なくなっているのに気付いた。
確か予備があったなと思い、タオルを腰に巻き脱衣所に出て引き出しを漁っていると、ドアの向こうから話声が聞こえてきた。
途端にドクンッと心臓が高鳴る。
(誰かと話しているのか?)
耳をドアに付けてみるが浴室のシャワーの音でなかなか聞こえない。淳平はそっと丸いドアノブに手を掛け、カチャリと音を立てない様にゆっくり回し、ほんの少し扉を開けると、渡の声が鮮明に聞こえてきた。
「ええ。・・ええ。あ、ちょっと待って下さい。今予定を見てみます。・・・・2日後・・は大丈夫です。はい。変更は別に構いません。・・はい。ホテル花音のロビーに20時・・はい。分かりました。では。」
誰かと会う約束を取り付けたような内容に、震えるような緊張が淳平を襲った。
怖いと思った。今の淳平には渡がとても大切で、また何かの拍子に自分の手からすり抜けてしまうような感覚に陥る。
渡の隠している事を知りたい。知ってしまったら何かが変わるのだろうか。それが一番の恐怖だったが、このまま黙って気にしないでいられる程の相手でもなくなっていた。
これから一緒にやっていくと決めた以上、真実を知らなければいけない気がした。
―2日後にホテル花音のロビーに20時。
* * *
あれから弘夢は時枝の動向を探っていた。どうやら“沢村渡”と会う日にちが調整されたようだった。
今夜20時、このいつも自分が塒(ねぐら)としてるホテルのロビーで真実が明らかになる。
弘夢はこれまで淳平を守る為に行動してきた。淳平が何事も無く幸せに日常を過ごせる事だけを願い自分を押し殺してきた。
淳平に恋人が出来たと聞いても、淳平の前向きな気持ちと決意が感じられた。だから少しずつ諦めもつくかと思ったところだったのだ。
事情は変わった。
この先いくら見守っていたとしても木戸の手によって虚像の世界で淳平は浮遊する事になり、裏切られる恐怖に淳平以上に自分も恐怖していくだろう。
―だったらいっそ・・
逃げ切れないと分かっている。木戸の力の前ではどこに逃げようと同じだ。国を越えようとしてもそれは万分の一の確立での成功でしかない。
それでもダメなら、一緒にいられる世界は何も現世でなくてもいい。
今は二人で心から素直に手を取り合い逃げたい。そして想いを伝えたい。
本当はお前だけを心から愛していた、今も変わらず愛している。そう言いたい。
弘夢はそんな思いが刻々と強くなっていった。
時刻は20時10分前。
動く時枝を見て、部屋にいる執事に時枝に伝え忘れた伝言があると言って部屋を出る。ロビーには既に時枝と以前見かけた青年がいた。
二人は無表情に淡々と話しをし始めた。
この明らかになった真実によって弘夢の覚悟は点火される。
そっと遠回りをして死角から回り込む。丁度観葉植物で顔も見えないようになっている。そして斜め後ろから話しを聞く。
例え、どこかで直ぐに自分の不審な行動がバレてしまっても構わなかった。ただ真実さえ聞ければ。
「漸く淳平くんも君を見るようになったというのに・・。仕事を辞めたいとは一体どういう事です」
時枝の冷ややかな声が静かに空気を振動させて伝ってきた。
「要するに淳平さんを弘夢さんに近づかせない様にすればいいんですよね?でしたらご心配要りません!僕はこの先もそれだけは守っていきますから!弘夢さんを忘れさせますから!」
渡の声は少し興奮気味に何やら必死に訴えている。
(決まりだ・・。やっぱり時枝さんが送り込んでいたんだ・・!)
弘夢は二人の前に飛び出した。
弘夢の姿を見た時枝は眉一つ動かさず、渡はそのクリっとした大きな瞳を更に大きく見開いて動きを止めた。
「弘夢・・・さん・・どうして・・」
渡は腰を浮かせた。
弘夢は怒りで煮え滾るマグマの様な真っ赤な発光する塊のようなものを渡にぶつけてやりたい気持ちで拳を握りしめ近づいた。
「よくも・・」
「待って!違う!僕は本当に先輩の事をっ!」
その時、時枝がふと顔と視線を上げ、ある一定のものに定めた。
「おや・・・呼んでもいない来客がもう一人・・」
その声に気付いた弘夢と渡が時枝の視線を辿ると、そこには硬い表情の淳平が立っていた。
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