09/04/2010(Sat)
それから66話
暫く平穏が続いた。淳平にとってそれは酷く平穏だった。大切に想う人と寝食を共にし、離れる事なく生活する。
穏やかに穏やかに、花びらが風に乗ってどこぞに落ちるよう、自然に流れに乗るように時を過ごした。
このまま互いに働き、老い、想い出を語りあって朽ちて行くのだろう。それも悪くない。
だが山の天気が一気にその様相を変える様に淳平にもそれは訪れた。
その日もいつものように渡の作る洋食の朝ご飯が出てくると思っていた。
「はい。どうぞっ」
目の前に出てきたのは慣れない和食が用意された。焦げ過ぎた魚と色の濃過ぎる味噌汁に水気の多いご飯。漬けきれていない薄い漬物。上手くロール出来なくて崩れた出汁巻き卵などが陳列されていく。
「ど・・どうしたんだ、急に和食なんて。お前和食不得意だろう?」
渡を見ると、期待に胸を膨らませたような顔で見てくる。
「食べてみてっ」
「う・・・」
せっかく渡が挑戦してくれたんだからと奮い立たせて味噌汁を飲んだ。途端に濃度の高い塩水が口内に流れ込んできたかと思う程のしょっぱさに口が歪む。
「ゴホッ・・」
「やっぱりダメ・・かぁ・・」
一応一通りその他も食して見るがどれもこれも早死にしそうな味付けのものばかりだった。
「何を急にそんな無理したんだ」
お茶を大量に流し込みながら渡に聞く。
「んー・・何となく・・ですかね」
(何となくでこんな思いは・・勘弁だな・・)
淳平はそんな事を密かに思いながら苦笑いをしていると、何故か渡の方が気を取り直したように鞄を抱えて車のキーを指に引っ掛けた。
「さ!行きますよ、先輩っ。遅刻しちゃいます!」
「あ・・ああ。」
今日はどうした事か、運転までも渡がする気らしく重たい身体を引っ張られる様にして助手席に押し込められた。
「どうしたんだ。何か良い事でもあったか?」
「いえ、そんなんじゃないです。何となくです。」
渡が声をワントーン低くしてそう言うと車を発進させた。
いつもの交差点に差し掛かると折角3つ先の信号まで青だったのが黄色に変わってしまった。残念に思っていると急に渡がアクセルを踏み込み、右折をしたので身体が斜めに傾いた。
「おいっ!危ねぇだろ!つーかお前どこ行くんだよ、会社は真っ直ぐだろ!?」
渡は少しの間無表情で進むと、ふと顔をこちらに向けてニコっと笑みを浮かべた。
「黙っていて下さい。」
「何言ってんだお前。早く戻れって!」
淳平の怒りを煽る様に渡はアクセルを更に踏み込んでそのまま高速道路の方へと向かった。
「いい加減にしろよ、一体どういうつもりなんだよ!!」
淳平が声を荒げると、渡が静かに口を開いた。
「今日、これからあと1時間程で弘夢さんが自殺するそうです。」
「・・・・・・・」
言葉が出て来なかった。何故それを渡が知っているのか、そもそも弘夢が自殺という言葉があまりにも非現実的で、渡の次の言葉を傍聴する事しか出来ずにいた。
ETCを抜けると更に加速し、車が高速でアスファルトの上を走り抜ける音がBGMのように聞こえてきた。
「僕が教えてあげます。全てを。弘夢さんが何故先輩を裏切ったか。いや・・本当は裏切ってなんかないんです。今でも先輩を誰よりも愛してるんですから。」
「・・・・何言ってんだ、お前・・」
「弘夢さんは先輩を守る為に木戸さんと一緒になったんです。」
渡は今までのいきさつを説明しだした。事細かに、報告に慣れているかのような口振りであまりにも分かりやすかった。自然と頭が理解できてきてしまう。
今までの弘夢の行動、そして弘夢の気持ちを想うと胸が押し潰されそうになった。
だが、同時に今この事を話している渡の気持ちが気になった。
「何でこんな話を俺に・・お前がするんだ・・」
渡は前を真っ直ぐに見ながら答えた。
「僕は・・十分幸せを貰いました。この間、弘夢さんの前で僕を選んでくれて、そして優しく抱いてくれて、これからずっと一緒に過ごしてくれるという貴方の決意を感じ取れただけで、もう十分です。」
「十分ってなんだよ?ふざけるな!俺の決意は一過性のものじゃねぇんだぞ?!
本気で一生をお前と・・」
「はい。有難うございます。僕は本気で貴方を愛しています。」
「だったら・・!」
「だから!!愛する貴方に、もしもっともっと幸せになれる可能性があるのだとしたら!・・
願ってしまうのは当然だとは思いませんか・・」
痛い程分かるその気持ちに言葉が何も思い浮かばない。
車は既に海にそって走り、大きく荒れた白波が堤防に当たっては激しく飛沫を上げて砕けていた。
「僕は、大丈夫ですから。人を愛する事が出来た自分に変われて、嬉しいんです。きっとこれからやっていけます。」
渡の言葉が胸を苦しく締め付ける。きっと泣きたいのは渡の方なのに、今にも涙が出そうになる。
渡がブレーキを強くかけると道路から外れた岬へと砂ぼこりを上げて止まった。鎖で立ち入り禁止になっているその先は急なカーブで見えないがずっと先の方まで崖が続いているようだった。
「あと10分です。早く行って下さい。この先に弘夢さんはいます」
エンジンを切った渡がハザードランプを点けて言った。一定のリズムでカチカチと音が社内に響く。
「渡・・・俺・・」
複雑な気持ちが渦になって押し寄せる。言いたい気持ちは混雑して何もすんなりと喉を通りそうもない。
そっと渡の頬を触れると、意志の強い目で見つめ返された。
「時枝さんは、時間厳守の人です。あと9分です。急いで下さい!」
そして優しく微笑んで渡が言った。
「もう、素直になっていいんですよ。僕が振ってあげますから」
その瞬間、渡の身体を思い切り抱き締めた。
「嘘じゃない・・渡・・お前を愛してた・・嘘じゃない・・」
「分かってます。僕もです。でも、弘夢さんを想い続ける貴方とこれ以上一緒には居たくありませんから。・・・さようなら、先輩」
身体をゆっくりと引き離すと、雲の通したような柔らかな陽だまりのような笑顔の渡がいた。
「ありがとう。」
やっと絞り出した声に思いを凝縮させて綿毛のような髪をそっと撫でた。そして勢いよく車から飛び出した。
淳平の駆ける姿がカーブを曲がり、見えなくなる寸前に堰が切れた。
「ぁ・・あああッ・・う・・ぅ」
渡は子供のように声を張り上げて泣いた。
「せん・・ぱぁ・・い・・うぅ・・ぁ・・ぁ」
手の甲で拭っても拭っても湧水のように出てくる涙と嗚咽に、上半身をハンドルに埋める様にして淳平を呼びながら泣いた。
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穏やかに穏やかに、花びらが風に乗ってどこぞに落ちるよう、自然に流れに乗るように時を過ごした。
このまま互いに働き、老い、想い出を語りあって朽ちて行くのだろう。それも悪くない。
だが山の天気が一気にその様相を変える様に淳平にもそれは訪れた。
その日もいつものように渡の作る洋食の朝ご飯が出てくると思っていた。
「はい。どうぞっ」
目の前に出てきたのは慣れない和食が用意された。焦げ過ぎた魚と色の濃過ぎる味噌汁に水気の多いご飯。漬けきれていない薄い漬物。上手くロール出来なくて崩れた出汁巻き卵などが陳列されていく。
「ど・・どうしたんだ、急に和食なんて。お前和食不得意だろう?」
渡を見ると、期待に胸を膨らませたような顔で見てくる。
「食べてみてっ」
「う・・・」
せっかく渡が挑戦してくれたんだからと奮い立たせて味噌汁を飲んだ。途端に濃度の高い塩水が口内に流れ込んできたかと思う程のしょっぱさに口が歪む。
「ゴホッ・・」
「やっぱりダメ・・かぁ・・」
一応一通りその他も食して見るがどれもこれも早死にしそうな味付けのものばかりだった。
「何を急にそんな無理したんだ」
お茶を大量に流し込みながら渡に聞く。
「んー・・何となく・・ですかね」
(何となくでこんな思いは・・勘弁だな・・)
淳平はそんな事を密かに思いながら苦笑いをしていると、何故か渡の方が気を取り直したように鞄を抱えて車のキーを指に引っ掛けた。
「さ!行きますよ、先輩っ。遅刻しちゃいます!」
「あ・・ああ。」
今日はどうした事か、運転までも渡がする気らしく重たい身体を引っ張られる様にして助手席に押し込められた。
「どうしたんだ。何か良い事でもあったか?」
「いえ、そんなんじゃないです。何となくです。」
渡が声をワントーン低くしてそう言うと車を発進させた。
いつもの交差点に差し掛かると折角3つ先の信号まで青だったのが黄色に変わってしまった。残念に思っていると急に渡がアクセルを踏み込み、右折をしたので身体が斜めに傾いた。
「おいっ!危ねぇだろ!つーかお前どこ行くんだよ、会社は真っ直ぐだろ!?」
渡は少しの間無表情で進むと、ふと顔をこちらに向けてニコっと笑みを浮かべた。
「黙っていて下さい。」
「何言ってんだお前。早く戻れって!」
淳平の怒りを煽る様に渡はアクセルを更に踏み込んでそのまま高速道路の方へと向かった。
「いい加減にしろよ、一体どういうつもりなんだよ!!」
淳平が声を荒げると、渡が静かに口を開いた。
「今日、これからあと1時間程で弘夢さんが自殺するそうです。」
「・・・・・・・」
言葉が出て来なかった。何故それを渡が知っているのか、そもそも弘夢が自殺という言葉があまりにも非現実的で、渡の次の言葉を傍聴する事しか出来ずにいた。
ETCを抜けると更に加速し、車が高速でアスファルトの上を走り抜ける音がBGMのように聞こえてきた。
「僕が教えてあげます。全てを。弘夢さんが何故先輩を裏切ったか。いや・・本当は裏切ってなんかないんです。今でも先輩を誰よりも愛してるんですから。」
「・・・・何言ってんだ、お前・・」
「弘夢さんは先輩を守る為に木戸さんと一緒になったんです。」
渡は今までのいきさつを説明しだした。事細かに、報告に慣れているかのような口振りであまりにも分かりやすかった。自然と頭が理解できてきてしまう。
今までの弘夢の行動、そして弘夢の気持ちを想うと胸が押し潰されそうになった。
だが、同時に今この事を話している渡の気持ちが気になった。
「何でこんな話を俺に・・お前がするんだ・・」
渡は前を真っ直ぐに見ながら答えた。
「僕は・・十分幸せを貰いました。この間、弘夢さんの前で僕を選んでくれて、そして優しく抱いてくれて、これからずっと一緒に過ごしてくれるという貴方の決意を感じ取れただけで、もう十分です。」
「十分ってなんだよ?ふざけるな!俺の決意は一過性のものじゃねぇんだぞ?!
本気で一生をお前と・・」
「はい。有難うございます。僕は本気で貴方を愛しています。」
「だったら・・!」
「だから!!愛する貴方に、もしもっともっと幸せになれる可能性があるのだとしたら!・・
願ってしまうのは当然だとは思いませんか・・」
痛い程分かるその気持ちに言葉が何も思い浮かばない。
車は既に海にそって走り、大きく荒れた白波が堤防に当たっては激しく飛沫を上げて砕けていた。
「僕は、大丈夫ですから。人を愛する事が出来た自分に変われて、嬉しいんです。きっとこれからやっていけます。」
渡の言葉が胸を苦しく締め付ける。きっと泣きたいのは渡の方なのに、今にも涙が出そうになる。
渡がブレーキを強くかけると道路から外れた岬へと砂ぼこりを上げて止まった。鎖で立ち入り禁止になっているその先は急なカーブで見えないがずっと先の方まで崖が続いているようだった。
「あと10分です。早く行って下さい。この先に弘夢さんはいます」
エンジンを切った渡がハザードランプを点けて言った。一定のリズムでカチカチと音が社内に響く。
「渡・・・俺・・」
複雑な気持ちが渦になって押し寄せる。言いたい気持ちは混雑して何もすんなりと喉を通りそうもない。
そっと渡の頬を触れると、意志の強い目で見つめ返された。
「時枝さんは、時間厳守の人です。あと9分です。急いで下さい!」
そして優しく微笑んで渡が言った。
「もう、素直になっていいんですよ。僕が振ってあげますから」
その瞬間、渡の身体を思い切り抱き締めた。
「嘘じゃない・・渡・・お前を愛してた・・嘘じゃない・・」
「分かってます。僕もです。でも、弘夢さんを想い続ける貴方とこれ以上一緒には居たくありませんから。・・・さようなら、先輩」
身体をゆっくりと引き離すと、雲の通したような柔らかな陽だまりのような笑顔の渡がいた。
「ありがとう。」
やっと絞り出した声に思いを凝縮させて綿毛のような髪をそっと撫でた。そして勢いよく車から飛び出した。
淳平の駆ける姿がカーブを曲がり、見えなくなる寸前に堰が切れた。
「ぁ・・あああッ・・う・・ぅ」
渡は子供のように声を張り上げて泣いた。
「せん・・ぱぁ・・い・・うぅ・・ぁ・・ぁ」
手の甲で拭っても拭っても湧水のように出てくる涙と嗚咽に、上半身をハンドルに埋める様にして淳平を呼びながら泣いた。
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