11/09/2010(Tue)
アネモネ 4話
雅人がある日を境に急に勉強し出したのを、透はよく覚えていた。
必死に何か繋ぎ留めるように苦しそうに勉強をしていた。
武が病気だったのは分かったが、雅人は病院先まで勉強一色を持って出掛ける事が多々あった。
武はただただ静かに雅人が真横で勉強している姿を愛おしそうに見ている事しか出来なかった。
自分の為だけを思って一身にその若い勢いは芽を伸ばすべく勉強に精神力を注ぎ込んでいた。
武にはそれが全て自分の命を早急に繋ぎ留める為だという事が分かって嬉しかった。
武の横でウトウトと眠りこける雅人に、自分の羽織っていたカーディガンを掛けたり、覚えた単語や質問事項を出題する手助けをする事が何よりの幸せだった。
だが一方で武は自分の容態が日に日に悪化する事を感じていた。
それでも愛おしげに見つめる雅人の眼差しが、依然と何ら変わりない事に永遠の至福を貰えた気がした。
――もう、十分だ――。
武は、たまに雅人について見舞いに来る弟の透の視線が、ただの弟としての視線ではない事は直ぐに分かった。
まだ青い嫉妬心が剥き出しに突き刺さってきて、それだけにどこかで安心感のようなものすら芽生えた。
――透くんなら、雅人を愛してあげられる。
そして一年も経たないうちに武の意識は遠くなり、目線も定かではなくなってきた。
少し前までのはつらつとした武とは打って変わって、ボーっとして理解力も薄れてきた。
それを悔しげに勉強する雅人の姿に、透は心打たれた。
雅人は気が違いそうな程焦り、勉強すれど心配するあまりに付きそう時間も長くなり、食事も喉を殆ど通らなくなっていった。
この時ほど雅人と透の距離が離れたことはなかった。
この時は愛する雅人が少しでも気が休まるようにと必死に透もお弁当を作ったり家事を必死にこなしたりと躍起になっていた。
そして事態は余りに急に変化した。武の容態が急に悪化したのだ。
雅人の目の前で穏やかに試験の問題を出題していた武が苦しみだし、緊急治療室へと運ばれていった。
そして数時間が経過し、医師が治療室から出てきた。
「ご家族の方は中へ――」
雅人を迎えに来ていた透はその時の事を鮮明に覚えていた。
顔面蒼白になった雅人はふらふらと、まだ病院へ辿り着かぬ両親よりも先に一人で部屋へ入っていた。
視線が定まらなかろうが、自分をちゃんと感じていなかろうが、雅人は構わず前と同じように武に優しく口付けをして抱擁を交わした。
武は骸骨のようにやせ細り、視線も別の何かを見据えているように空の一点だけを見つめていた。
そんな武の少なくなった髪を、雅人は愛おしげに梳いていた。
「武……武……愛しているよ……すぐにまた良くなる。俺が治してやるから……もう少しだけ待ってて……もう少し頑張ってくれ……お願いだから……俺から離れないで……お願いだから……」
雅人は無意識に涙を流して武の痩せこけた頬を撫で、窪んだ眼もとにキスをした。
すると殆ど意識朦朧としていた武がふと生気の宿った視線を雅人に向けた。
「まさ……と……」
「武!?」
「雅人……愛して……る……」
透はこの時の事を生涯忘れないだろう。
言葉を失った雅人が急に離れて行く母親に縋るように何かを喚いて、武を繋ぎ留めるように抱き締めた場面と、抱き締められた武が自分に向かって“雅人を頼みます”というような目を向け、シワシワになってしまった手を自分に向かって伸ばしてきた情景を。
透は咄嗟にその想いを受け止めるように武の手を取った。
武の手は人形のように冷やりと冷たくて小さくて、そして力強かった。
そして透は雅人の背後で、武の冷たく皺がれた手に無意識に優しい口付けをした。その時にふと最初に見たあの真綿のような笑顔を向けられて思い知らされた。
――叶わない
と。
そしてその日の朝方、真夜中から意識を失った武は静かに息を引き取った。
<<前へ 次へ>>
死は遠いようですぐ傍にあるものだと思っています。
この先の兄弟を見守って頂けたらなと思っております。
*BL小説ランキング、1クリック10Ptの投票です。(1日1回有効)
↓↓投票して下さるととっても嬉しいです。
携帯からはこちら⇒BL小説ランキング
*一番下へスクロールし、「PC向けのページ」を押すとポチ画面に出ます。
そしてサブカテ「BL小説」を選び「決定」を押すと、投票が反映されます。お手数かけてすみません。
★拍手コメントのお返事はボタンを押して頂いた拍手ページ内に致します。
拍手秘コメの場合は普通コメント欄にてお返事致します。
必死に何か繋ぎ留めるように苦しそうに勉強をしていた。
武が病気だったのは分かったが、雅人は病院先まで勉強一色を持って出掛ける事が多々あった。
武はただただ静かに雅人が真横で勉強している姿を愛おしそうに見ている事しか出来なかった。
自分の為だけを思って一身にその若い勢いは芽を伸ばすべく勉強に精神力を注ぎ込んでいた。
武にはそれが全て自分の命を早急に繋ぎ留める為だという事が分かって嬉しかった。
武の横でウトウトと眠りこける雅人に、自分の羽織っていたカーディガンを掛けたり、覚えた単語や質問事項を出題する手助けをする事が何よりの幸せだった。
だが一方で武は自分の容態が日に日に悪化する事を感じていた。
それでも愛おしげに見つめる雅人の眼差しが、依然と何ら変わりない事に永遠の至福を貰えた気がした。
――もう、十分だ――。
武は、たまに雅人について見舞いに来る弟の透の視線が、ただの弟としての視線ではない事は直ぐに分かった。
まだ青い嫉妬心が剥き出しに突き刺さってきて、それだけにどこかで安心感のようなものすら芽生えた。
――透くんなら、雅人を愛してあげられる。
そして一年も経たないうちに武の意識は遠くなり、目線も定かではなくなってきた。
少し前までのはつらつとした武とは打って変わって、ボーっとして理解力も薄れてきた。
それを悔しげに勉強する雅人の姿に、透は心打たれた。
雅人は気が違いそうな程焦り、勉強すれど心配するあまりに付きそう時間も長くなり、食事も喉を殆ど通らなくなっていった。
この時ほど雅人と透の距離が離れたことはなかった。
この時は愛する雅人が少しでも気が休まるようにと必死に透もお弁当を作ったり家事を必死にこなしたりと躍起になっていた。
そして事態は余りに急に変化した。武の容態が急に悪化したのだ。
雅人の目の前で穏やかに試験の問題を出題していた武が苦しみだし、緊急治療室へと運ばれていった。
そして数時間が経過し、医師が治療室から出てきた。
「ご家族の方は中へ――」
雅人を迎えに来ていた透はその時の事を鮮明に覚えていた。
顔面蒼白になった雅人はふらふらと、まだ病院へ辿り着かぬ両親よりも先に一人で部屋へ入っていた。
視線が定まらなかろうが、自分をちゃんと感じていなかろうが、雅人は構わず前と同じように武に優しく口付けをして抱擁を交わした。
武は骸骨のようにやせ細り、視線も別の何かを見据えているように空の一点だけを見つめていた。
そんな武の少なくなった髪を、雅人は愛おしげに梳いていた。
「武……武……愛しているよ……すぐにまた良くなる。俺が治してやるから……もう少しだけ待ってて……もう少し頑張ってくれ……お願いだから……俺から離れないで……お願いだから……」
雅人は無意識に涙を流して武の痩せこけた頬を撫で、窪んだ眼もとにキスをした。
すると殆ど意識朦朧としていた武がふと生気の宿った視線を雅人に向けた。
「まさ……と……」
「武!?」
「雅人……愛して……る……」
透はこの時の事を生涯忘れないだろう。
言葉を失った雅人が急に離れて行く母親に縋るように何かを喚いて、武を繋ぎ留めるように抱き締めた場面と、抱き締められた武が自分に向かって“雅人を頼みます”というような目を向け、シワシワになってしまった手を自分に向かって伸ばしてきた情景を。
透は咄嗟にその想いを受け止めるように武の手を取った。
武の手は人形のように冷やりと冷たくて小さくて、そして力強かった。
そして透は雅人の背後で、武の冷たく皺がれた手に無意識に優しい口付けをした。その時にふと最初に見たあの真綿のような笑顔を向けられて思い知らされた。
――叶わない
と。
そしてその日の朝方、真夜中から意識を失った武は静かに息を引き取った。
<<前へ 次へ>>
死は遠いようですぐ傍にあるものだと思っています。
この先の兄弟を見守って頂けたらなと思っております。
*BL小説ランキング、1クリック10Ptの投票です。(1日1回有効)
↓↓投票して下さるととっても嬉しいです。
携帯からはこちら⇒BL小説ランキング
*一番下へスクロールし、「PC向けのページ」を押すとポチ画面に出ます。
そしてサブカテ「BL小説」を選び「決定」を押すと、投票が反映されます。お手数かけてすみません。
★拍手コメントのお返事はボタンを押して頂いた拍手ページ内に致します。
拍手秘コメの場合は普通コメント欄にてお返事致します。
| ホーム |
コメント
> 武、最期を迎えるんですね。
> 雅人、ずっと武に寄り添った。
> 感激します。
こんばんは。
こちらにもありがとうございます。
武の最後の瞬間まで心も身体も寄り添えました。
感激して下さってありがとうございます。
> 雅人が武以外は遊びと考えるのは当然です。
> 透にもそれはわかってる。
> 透にした余計に辛いですよね。
雅人にとって武が今のところ唯一の人でしたからね。
透にはそれが痛いほど分かっていますから、
本当に辛いと思います。
> やっぱり僕がなぐ実ます。
> 僕はリバ、どうにでもなりますから、エヘヘェ。
慰めて下さいますか!!
透、甘えてしまうかもしれません。
なんとーーー!!
junさまはリバ……と。φ(..)メモメモ
個人的に色々取材したいくらいです(笑)でへへ(〃∇〃)
コメントどうもありがとうございました
武、最期を迎えるんですね。
雅人、ずっと武に寄り添った。
感激します。
雅人が武以外は遊びと考えるのは当然です。
透にもそれはわかってる。
透にした余計に辛いですよね。
やっぱり僕がなぐ実ます。
僕はリバ、どうにでもなりますから、エヘヘェ。
> まして、好きな人を若くして亡くしてしまうのは、とてつもない衝撃だと思います。
> 私は、大事な人の死に際に、間に合えた事がないのが心残りなのですが、看取るのも、それ以上に辛いのかも知れませんね。
死に際って難しいですよね。間に合わないと心残りですし、
看取るのも相手が安らかならば良いですがそうで無い場合、
ずっと苦しむ姿を見続けなければいけない。
痛い、苦しい、そんな言葉を聞いて励まして身体を摩る事しか出来ない。
でも間に合わないとずっと心に引っ掛かりますよね。
雅人は安らかに逝く武を看取れてそれだけは良かったんじゃないかなって思います。
> でも、武を亡くした瞬間も共有して、彼を愛していた雅人ごと愛せるのは、透だけのような気もします。
> 雅人は、どこかで、他の人を愛するのを罪悪だと思っているのかな。
私もそう思います。だから武が死の淵で透に託したような気もします。
雅人は罪悪感もあると思いますし、まだ武に追いすがっているような気もします。
> 医師の資格がありながら、生死に直面する病院ではなく、学校の保健室に勤める雅人が、武の面影に囚われたままでいるようで、切ない・・・。
> 事情を知っている誰かの配慮だったのでしょうか?
かやさん相変わらず鋭いです。
そうなんですよ。設定であるこの学校の保健という所にそういう想いが
繋がっているという…。
> 萌えシチュが、いつの間にか必然の設定に∑( ̄□ ̄;)桔梗さま、素晴らしい!!
(/ω\)
ありがとうございます!!
コメントどうもありがとうございました
まして、好きな人を若くして亡くしてしまうのは、とてつもない衝撃だと思います。
私は、大事な人の死に際に、間に合えた事がないのが心残りなのですが、看取るのも、それ以上に辛いのかも知れませんね。
でも、武を亡くした瞬間も共有して、彼を愛していた雅人ごと愛せるのは、透だけのような気もします。
雅人は、どこかで、他の人を愛するのを罪悪だと思っているのかな。
医師の資格がありながら、生死に直面する病院ではなく、学校の保健室に勤める雅人が、武の面影に囚われたままでいるようで、切ない・・・。
事情を知っている誰かの配慮だったのでしょうか?
萌えシチュが、いつの間にか必然の設定に∑( ̄□ ̄;)桔梗さま、素晴らしい!!
読み方はSaからで合っていますでしょうか(-”-;A ...アセアセ
おお!あのような人気ブロガーさま宅へ進出なさっておられるので!!
あわわ、拙宅にまで足を伸ばして下さって恐縮ですっっ
なんと!終末のド―ロ辺りからいらして下さっていたのですか!
うわー!嬉しいです!
しかも小悪魔をリアルタイムで!!(ノД`)・゜・
嬉しいです(滝涙)
ああ!ひっそりとお読みになるという事ですのにこのアネモネ四話に
コメント下さってありがとうございます(ノ△・。)
そ、そんな、素晴らしかっただなんて恐縮です!!
今回の話に深い精神的愛情を感じて下さりありがとうございます。
死を間近に感じて最後の花火のように愛情が交差してバトンされて…
そういう最後の愛のやりとりが静かに伝わるといいなと思っております。
武はSさまが仰る通り、愛する人の幸福を願い、託して穏やかに亡くなった。
最後の瞬間まで、そしてその後まで愛されていました。
とてもとても幸せだったと思います。
私も何度か死に直面致しました。
Sさまの仰る通り、亡くなった方がきっと幸せだったんだろうなって思える事が
今を生きている人にとっての救いになる気がします。
そうですね。
雅人には悲しみだけでなく、愛し合えた時を思い出して強く生きてほしいです。
今はまだ一番逢いたい人に逢えない悲しみと辛さに捕えられて動けない状態
になっている気がします。
透がどう動くか、その辺も気になるところです。
いえいえ!
真面目にコメントして頂いて、
Sさまの考え方やお人柄が伝わって参りました(*´∇`*)
あ、もう少し緩いのですか(笑)
私は御存じかと思いますが…ユルユルです(笑)
こんな私ですがこれからも宜しくお願い致します m(_ _;)m
更新楽しみにして下さってありがとうございます!
またお気軽にコメントして下さいませ♪
お待ちしておりますヾ(*´∀`*)ノ゛
コメントどうもありがとうございました
> 叶わない…たぶんきっとそれは変わらないですね。亡くなった人には決して勝てないとあたしは思ってます。違う愛の姿なら、それ以上になれるかもしれないけど…
> ちょっと違うかもしれないけど、総一郎と誠心みたいな。雪乃が同じように愛しても、愛の種類が違ってました。
> あー、透ちゃんに幸せは来るの?心配です…
こんにちは。
亡くなった人には叶わない部分、あると思います。
でも亡くなった人にも叶わない今を生きる人の幸せもあると思っています。
同時に透自身がその幸せや愛の重さを武に注がれた愛と匹敵する、またはそれ以上
だと思う事ができるかどうか。そこまで大人かという問題も出てきますし…。
複雑で前途多難ですね。
総一郎さんと誠心さまの時には納得のいく愛が成立したと感じました。
別の愛の形という事とそれぞれの愛の行方が見えていたというか。
透の場合はちょっと状況が可哀想かもしれませんね。
武以上の愛を求めそうです。
どうなるのでしょう…。
コメントどうもありがとうございました
Miさまの仰る通り、兄弟の絆も勿論代えがたいものだけど、
愛する人との死別は一生忘れられるものではない。
若い恋人なら尚更、本当です。
> いなくなった人の想い出は時間を置くごとに美化されていく。
> それを乗り越えるのはかなりの力が必要になってくることだと思う。
Miさまの考えに共感します。
美化、されてしまうんですよね…。
そしてそれは時間が経つごとに高いハードルになっていってしまう。
Miさまの言われる通り、
雅人が透に寄りかかれるようになるといいなって思います。
その人の愛したその思い出ごと愛する、受け入れるって…
凄い事ですよね。
そうですね。だからと言って雅人も武を忘れる事は出来ない。
雅人に裏切りと勘違いしないで欲しいところです。
前途多難ですが応援して下さると嬉しいです。
そして弟までも死にそうなところを助けて下さってありがとうございました(笑)
コメントどうもありがとうございました
> これは避けられない。
そうですね。
生死は普通に傍にありますし身近で立ちあう機会も生きていれば
経験する確立は高いですよね。
> 人間の身体は意外な位簡単に壊れる脆いものだと思います。
> けれど同時に、人間の魂は驚くほど強かで、一度壊れても再生する力を持っていると思います。
本当ですね。人の身体は強い部分もありますが、意外と脆かったりもしますよね。
Ysさまの仰る通り、魂は無限の強さを持っていると思います。
そしてそれは自分一つを感じるよりも相手の魂と呼応する事によって
更に強くなっていけるような気がします。
> 2人は、今はもう明るい未来など想像もつかないかもしれないけれど、辛い想い出もひっくるめて 新しい愛を築いてもらいたいです。
この辛い部分を間接的にでも共有出来ている事が強みになればと思っています。
武に託された想いはきっと透にしか感じ取れていない、だからこそ物語が進むにつれ
強く応援したい部分だと感じています。
涙して下さりありがとうございました。
そして死への理解と二人の応援に感謝致します。
コメントどうもありがとうございました
叶わない…たぶんきっとそれは変わらないですね。亡くなった人には決して勝てないとあたしは思ってます。違う愛の姿なら、それ以上になれるかもしれないけど…
ちょっと違うかもしれないけど、総一郎と誠心みたいな。雪乃が同じように愛しても、愛の種類が違ってました。
あー、透ちゃんに幸せは来るの?心配です…
幾年か生きていれば、新しい命の誕生に立ち合う事も、親しい人の最期に立ち合う事もある。
これは避けられない。
人間の身体は意外な位簡単に壊れる脆いものだと思います。
けれど同時に、人間の魂は驚くほど強かで、一度壊れても再生する力を持っていると思います。
2人は、今はもう明るい未来など想像もつかないかもしれないけれど、辛い想い出もひっくるめて 新しい愛を築いてもらいたいです。
コメント