11/10/2010(Wed)
アネモネ 5話
「一緒に看取ってくれてありがとな、透」
雅人は帰宅してからそんな言葉を掛けた。
大人な事を言っても、生気を失った雅人の顔を見れば、何も言葉を掛けられなかった。
案の定、暫くの間雅人は殆ど口も開かず食事にも手を出さなかった。そんな中、根気強く透は生活のリズムを戻させようと世話を焼いた。
食事も睡眠もろくに取らなくなったせいと、精神的なショックで雅人は熱を出し、風邪をこじらせた。
このままでは雅人まで逝ってしまうような気がした透は祈るように看病をし、学校を休んで雅人に附き切りになった。
朝になると、ボーっとした雅人の手を引きトイレに行かせ洗面所へ連れて顔を洗う様に促し、朝食を取らせて熱を測る。
雅人は促されるままに、口では「ありがとう」や「ああ」と言った無意識の受け答えはするものの、精神と身体が追いつけないでいた。
だが、そんな看病と学校の両立も出来る訳がなく、透もやがて風邪を引いて倒れてしまった。
雅人は漸く我に返ったように倒れた透を抱きかかえて泣き出した。
「お前まで俺を置いて行くな……透……一人にしないで」
まるで子供のように泣く雅人を熱を持った熱い手でその無精ひげの生えた整った顔を包み込んだ。
「俺は兄ちゃんを置いていかないってば」
透の微笑みを見て、雅人は涙を乱暴に袖で拭った。
「待ってろ。今すぐ治してやるから」
大分痩せた身体でも、軽く透を抱きかかえてベッドへ運んだ。それから雅人はキッチンに向かうと思い切り食べ物を胃の中に入れた。
久々に大量の食事を取った身体は驚いたように受け付けず、吐き気が起こった。それでも気力を振り絞り、体力を付ける為に食べた。
そして少しずつ勉強していた知識を使って適切に透の看病をした。お陰で透の風邪も悪化する事なく良くなった。
顔色のよくなった透を見た雅人は、その日から再び医者になるべく勉強を始めた。
それから変わった事と言えば、雅人は武と逢う前のような生活に戻ったという事だった。
いつの間にか雅人の携帯には頻繁に電話やメールが掛って来るようになり、透はそれを見て心をざわつかせていた。
それは昔と同じようにまた手当たり次第、雅人の心に出来た巨大な空洞を埋めたくて人肌や表面だけの愛の言葉に縋っているようだった。
透にはそれが痛々しく感じた。
武を助けたいという目的を失った雅人は、それでも地道に医者になるべく勉強は続けていた。
ただ、武がいた時のようなあの優しい心からの笑顔は見られなくなった。
透は悔しかった。
自分にあの笑顔を向けられないのは何故なのか、考えた時にあまりに簡単な答えが浮かび上がった。
雅人に武と同じ恋人として見て貰えばいい、そんな安易な答えを胸に、雅人の部屋へと飛び込んだ。
透は勢いよく雅人に抱き付くと、無理矢理唇を塞いだ。
「んっふ……んっ……んっ」
激しく攻め立てる透とは裏腹に、落ち付いた雅人はゆっくりと透の細い腰を抱きしめた。
「どうした、透。激しいな。溜まってるのか?」
透はその雅人のクールな表情が憎たらしかった。
あの時武に見せていた切羽詰まったような表情が見たかった。腕の中に相手を入れているのに、それでも足りなくて足りなくて必死になる雅人が見たかった。
「ねぇ、俺を抱いてよ!」
その言葉に雅人はふっと窘(たしな)めるような笑みを浮かべて透の唇を吸った。
「んっ」
「俺はお前は抱かないよ、透」
透は大地の亀裂に突き落とされたような感覚に陥った。
ただ寂しさを埋めるだけに抱くような相手にも劣る存在なのだろうか。
抱いて貰う以前の、ましてや恋人として見て貰う事以前の問題だった。透は自分という存在がどれだけ雅人にとって役に立たない矮小な存在かと実感した。
透はその場に崩れ落ちると、雅人が優しく脇の下に腕を入れ込んで抱き上げてくれた。
「慰めてくれるつもりだったのか?」
透はどうしたらいいのか全く分からなかった。
「兄ちゃん、武さんの事、忘れたの?」
ふと何を思ったのか、口をついた透のその言葉に雅人の表情が凍りついたのが分かった。
「あいつの話しはするな」
透は分からなかった。武をあれ程愛していたのに忘れようと他の人に縋る雅人が、どんどん寂しそうな顔をするのを敏感に感じ取っていた。
他の人に触れる事で簡単に埋める事の出来ない愛が武との間にはあったはずだった。
雅人もきっとそんな事は知っているが、それでも応急処置にもならない、下らない疑似恋愛のやりとりや簡単な身体の付き合いをしないと足場を失いそうだった。
雅人は昔からそうやって寂しさを埋めてきた。そういう方法しか知らなかった。
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雅人は帰宅してからそんな言葉を掛けた。
大人な事を言っても、生気を失った雅人の顔を見れば、何も言葉を掛けられなかった。
案の定、暫くの間雅人は殆ど口も開かず食事にも手を出さなかった。そんな中、根気強く透は生活のリズムを戻させようと世話を焼いた。
食事も睡眠もろくに取らなくなったせいと、精神的なショックで雅人は熱を出し、風邪をこじらせた。
このままでは雅人まで逝ってしまうような気がした透は祈るように看病をし、学校を休んで雅人に附き切りになった。
朝になると、ボーっとした雅人の手を引きトイレに行かせ洗面所へ連れて顔を洗う様に促し、朝食を取らせて熱を測る。
雅人は促されるままに、口では「ありがとう」や「ああ」と言った無意識の受け答えはするものの、精神と身体が追いつけないでいた。
だが、そんな看病と学校の両立も出来る訳がなく、透もやがて風邪を引いて倒れてしまった。
雅人は漸く我に返ったように倒れた透を抱きかかえて泣き出した。
「お前まで俺を置いて行くな……透……一人にしないで」
まるで子供のように泣く雅人を熱を持った熱い手でその無精ひげの生えた整った顔を包み込んだ。
「俺は兄ちゃんを置いていかないってば」
透の微笑みを見て、雅人は涙を乱暴に袖で拭った。
「待ってろ。今すぐ治してやるから」
大分痩せた身体でも、軽く透を抱きかかえてベッドへ運んだ。それから雅人はキッチンに向かうと思い切り食べ物を胃の中に入れた。
久々に大量の食事を取った身体は驚いたように受け付けず、吐き気が起こった。それでも気力を振り絞り、体力を付ける為に食べた。
そして少しずつ勉強していた知識を使って適切に透の看病をした。お陰で透の風邪も悪化する事なく良くなった。
顔色のよくなった透を見た雅人は、その日から再び医者になるべく勉強を始めた。
それから変わった事と言えば、雅人は武と逢う前のような生活に戻ったという事だった。
いつの間にか雅人の携帯には頻繁に電話やメールが掛って来るようになり、透はそれを見て心をざわつかせていた。
それは昔と同じようにまた手当たり次第、雅人の心に出来た巨大な空洞を埋めたくて人肌や表面だけの愛の言葉に縋っているようだった。
透にはそれが痛々しく感じた。
武を助けたいという目的を失った雅人は、それでも地道に医者になるべく勉強は続けていた。
ただ、武がいた時のようなあの優しい心からの笑顔は見られなくなった。
透は悔しかった。
自分にあの笑顔を向けられないのは何故なのか、考えた時にあまりに簡単な答えが浮かび上がった。
雅人に武と同じ恋人として見て貰えばいい、そんな安易な答えを胸に、雅人の部屋へと飛び込んだ。
透は勢いよく雅人に抱き付くと、無理矢理唇を塞いだ。
「んっふ……んっ……んっ」
激しく攻め立てる透とは裏腹に、落ち付いた雅人はゆっくりと透の細い腰を抱きしめた。
「どうした、透。激しいな。溜まってるのか?」
透はその雅人のクールな表情が憎たらしかった。
あの時武に見せていた切羽詰まったような表情が見たかった。腕の中に相手を入れているのに、それでも足りなくて足りなくて必死になる雅人が見たかった。
「ねぇ、俺を抱いてよ!」
その言葉に雅人はふっと窘(たしな)めるような笑みを浮かべて透の唇を吸った。
「んっ」
「俺はお前は抱かないよ、透」
透は大地の亀裂に突き落とされたような感覚に陥った。
ただ寂しさを埋めるだけに抱くような相手にも劣る存在なのだろうか。
抱いて貰う以前の、ましてや恋人として見て貰う事以前の問題だった。透は自分という存在がどれだけ雅人にとって役に立たない矮小な存在かと実感した。
透はその場に崩れ落ちると、雅人が優しく脇の下に腕を入れ込んで抱き上げてくれた。
「慰めてくれるつもりだったのか?」
透はどうしたらいいのか全く分からなかった。
「兄ちゃん、武さんの事、忘れたの?」
ふと何を思ったのか、口をついた透のその言葉に雅人の表情が凍りついたのが分かった。
「あいつの話しはするな」
透は分からなかった。武をあれ程愛していたのに忘れようと他の人に縋る雅人が、どんどん寂しそうな顔をするのを敏感に感じ取っていた。
他の人に触れる事で簡単に埋める事の出来ない愛が武との間にはあったはずだった。
雅人もきっとそんな事は知っているが、それでも応急処置にもならない、下らない疑似恋愛のやりとりや簡単な身体の付き合いをしないと足場を失いそうだった。
雅人は昔からそうやって寂しさを埋めてきた。そういう方法しか知らなかった。
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コメント
> 心は満たされないどころか、他の誰かを抱いている事で後悔していたとしても、またそれを止められず穴は広がっていく。
> 堂々巡りだ…。
そうなんだよね。
隙間を埋めようとする行為は、隙間を広げているようなものだもんね。
それでもそうでもしないといられないのかな。
> 透たんも雅人センセの一番傍でそんな姿を見てしまっているから切ない(ノω・、) ウゥ・・・
> もしも何かのキッカケで兄以外の人に惹かれるようなことがあったとしても、今の状態の雅人センセを放ったままでは前には進められないだろうな。
うん。透は見てて自分の無力さとか悔しさとか凄く感じてて辛いと思う。
確かに他に気になる人が現れても今の雅人を放っておけないよね。
それは大事なお兄さんとしてっていうのもあるしね。
> 時間が経てば経つほど、現状からの脱出口は塞がっていく気がする。
> 一歩を踏み出す勇気、それを持つ存在に気付いていても敢えて手を取らないのか、本当に取れないのか…。
> うぅーん、この2人の活路や如何に!?
本当、その通りだよ。
時間が経てば経つほど脱出口は塞がっていく。
何かきっかけがあればいいな。
二人とも気持ちと自分の行動に絡まって動けないでいる。
もどかしい!
コメントどうもありがとうございました
> 欲してしまうのかもしれない。
>
> 虚しい行為を繰り返しても 充たされないと 分かりきっていても...
>
> 砂漠化した 雅人の心を 潤す雨は
> いつか 降る時が くるのでしょうか。
>
> そして 心を 癒す オアシスを 持てるのでしょうか。
>
> そんな雅人を 傍で 見守り続ける 透も 同じかも...
(*゚ロ゚)ハッ!! 聞き入ってしまいました…。詩のようで、つい…。
けいったんさんの言葉がじんわりと胸に沁み込んできました。
どうしても手に入らないと思うほどに心が欲してしまう事もありますよね。
それは透だって同じ事。
心の渇きを潤す自分だけのオアシスが見つかるといいです。
> 桔梗さま、 マジコメだぜッ!
> 私だって ヤル時は ヤルって!!(...何が?)
> (^^:)ゞbyebye☆
マジコメだ!けいったんさんのマジコメだー!
詩みたいでした(〃ω〃)
けいったんさんのヤル時はヤル瞬間を見られました(〃∇〃)
コメントどうもありがとうございました
心は満たされないどころか、他の誰かを抱いている事で後悔していたとしても、またそれを止められず穴は広がっていく。
堂々巡りだ…。
透たんも雅人センセの一番傍でそんな姿を見てしまっているから切ない(ノω・、) ウゥ・・・
もしも何かのキッカケで兄以外の人に惹かれるようなことがあったとしても、今の状態の雅人センセを放ったままでは前には進められないだろうな。
時間が経てば経つほど、現状からの脱出口は塞がっていく気がする。
一歩を踏み出す勇気、それを持つ存在に気付いていても敢えて手を取らないのか、本当に取れないのか…。
うぅーん、この2人の活路や如何に!?
欲してしまうのかもしれない。
虚しい行為を繰り返しても 充たされないと 分かりきっていても...
砂漠化した 雅人の心を 潤す雨は
いつか 降る時が くるのでしょうか。
そして 心を 癒す オアシスを 持てるのでしょうか。
そんな雅人を 傍で 見守り続ける 透も 同じかも...
桔梗さま、 マジコメだぜッ!
私だって ヤル時は ヤルって!!(...何が?)
(^^:)ゞbyebye☆
> あ~、何か越えられないものが見えたような、見えないような…
> 透ちゃんのことは大切だから、失いたくないから抱かないのかとも思えたりもするけど、そんなに単純な感じもしないです。
こんにちは^^
超えられないもの、チラッと見えましたか(>_<)
透を抱かない理由、それは変化出来るものなのか…。
雅人も色々複雑な心境なんだと思います。透も必死ですし…。
何より雅人の事を想っていますし(>_<)
> 透ちゃんは可哀相だけど、兄ちゃんがまた心から愛せる人を見つけることができるといいなって思います。
> あたし、真面目っぽい!夜はニヤニヤ爆笑してたのにっ ( ̄Д ̄;;
そうですね!兄ちゃんに心から愛せる人が見つかる、そして透にも。
それが一番の願いです。
でもその相手がお互いである事を願わずにはいられません(>_<)
本当だ!やぴさまが真面目だ!(笑)
ジェットコースター並みにギャプが激しくてスミマセン(汗)
コメントどうもありがとうございました
お帰りなさいませ、ちこさま(*´∇`*)
そうなんですよ…。エロ兄には重い過去がありました。
二人支え合う果てには…その場所は…ってあれれ?(笑)
スミマセン、エロが強くて同時進行するにはギャップがあり過ぎますよね(汗)
二人の動向を見守って頂けると幸いです(*´∇`*)
あ、もうお帰りで!?(笑)
はい!またお待ちしております♪
コメントどうもありがとうございました
ウン(*-ω-)(-ω-*)ウン
その真意は後に明らかになるといいですね。
> 本当に凍えているのは、胸の中の深い部分で、外から、いくら人肌で暖めようとしても届くところではないのに、そんな温もりでもないと、凍て付いてしまいそうな雅人が、危うくて仕方がないです~(ノ_・。)
仰る通りです。無駄だと分かっていてもしてしまう悲しい性です。
どんどん凍て付いてしまう気さえしてしまいます(>_<)
> 兄を慕っているのは同じなのに、全く違うカタチの透と潤くんの対比。
> 同時に読んでいると、それぞれのお話が、ますます際立って、魅了されてしまいます(@@)
> 桔梗さまに翻弄される~(ノ∀\〃)あん、もっと~☆
同時に読むとギャップが凄くて大変かなと心配も致しました。
ですがちょっとこちらの時間の都合などもあり、12時間置きと
させて頂いてしまいました(汗)
際立って魅了だなんて勿体無いお言葉、ありがとうございます(//・_・//)カァ~ッ…
かやさんを翻弄できている!?(〃д〃)キャ~♪
ではかやさんを手に入れる為に頑張ります!←
コメントどうもありがとうございました
シリアス胸痛い系、私も好きです!
そう言って頂けて嬉しいです!!
潤は今幸せ一杯なので怒りませんよ~(笑)
縋るとは思いますが(笑)
ふるふる読んで下さって嬉しいです!
頑張ります!
コメントどうもありがとうございました
あ~、何か越えられないものが見えたような、見えないような…
透ちゃんのことは大切だから、失いたくないから抱かないのかとも思えたりもするけど、そんなに単純な感じもしないです。
透ちゃんは可哀相だけど、兄ちゃんがまた心から愛せる人を見つけることができるといいなって思います。
あたし、真面目っぽい!夜はニヤニヤ爆笑してたのにっ ( ̄Д ̄;;
本当に凍えているのは、胸の中の深い部分で、外から、いくら人肌で暖めようとしても届くところではないのに、そんな温もりでもないと、凍て付いてしまいそうな雅人が、危うくて仕方がないです~(ノ_・。)
兄を慕っているのは同じなのに、全く違うカタチの透と潤くんの対比。
同時に読んでいると、それぞれのお話が、ますます際立って、魅了されてしまいます(@@)
桔梗さまに翻弄される~(ノ∀\〃)あん、もっと~☆
コメント