05/14/2010(Fri)
万華鏡-江戸に咲く-47
(何それ・・・)
「それって、さ。雪之丞さんの事・・だよね」
「ん?ああ。そうだろうよ。」
「そ・・・か。」
俺の事好きだって言ったのもゲーム感覚?抱きたいだけの相手だから?
どうして手を出したの?どうして雪之丞さんに手を出さないの?本気だから?
俺には本気じゃないってこと?さっき身体を触れ合った時の言葉は何?
別に身体だけの目的だから雪之丞さんが目の前に居ても別に良かった?
美月の頭の中にグルグルと疑問が湧き上がる。信じたい気持ちの炎が小さく小さくなっていく。
どうして不安な時ほど、人は悪い方の考えに脳が加担してしまいやすいのだろうか。ゴロゴロといつの間にか空を覆っていた雲間から太鼓のような雷の音が聞こえてきた。生暖かい風にも湿り気が帯びてきているのを感じる。美月の心の雲行きにでも共鳴しているようだ。
今の美月にはそれがとても心地よく感じた。ふと店終いをしようとする香具師を見かけて足を向ける。
「おい、美月ちゃん、どこ行くんだよ?もう直ぐ土砂降りだぜ?早く行かねぇと・・」
「悪いんだけど熊さん、先帰ってくれる?俺用事思い出したから」
「いや、そらぁ出来ねぇよ。夜に頼まれてんだし、美月ちゃんにもしもの事があったら俺ぁ・・」
「平気。これ買ったら直ぐ現代に帰るから、もう送ってくれる必要ないから。ありがとうね」
そう言い包めて美月は無理やり熊を先に帰した。
「すみません、これ一つ下さい。」
美月はお祭り限定で売り出されていた唐から仕入れてきたという売り文句の花茶を購入した。
これは抱月への土産だった。いつか、抱月が唐の花茶が飲んでみたいと言っていたのを思い出したのだ。
花茶を袖口に入れると、暗雲からポツリポツリと大粒の雨が降り出して、あっと言う間にバケツをひっくり返したような土砂降りに見舞われた。
美月はそれでもゆっくりとした歩調で歩いていると、足元がぬかるみになってドロだらけになってしまった。
(ああ、だから下駄を履けって夜が言ってたっけ)
江戸は雨もよく降り、剥き出しの地面は夏の日照りには埃が立ち雨が降ると泥だらけになるが故に、江戸庶民はどちらにも適した下駄を履いているのだと言う。
成る程、理に適っている。
大阪では足袋、京では草履と地域によって履き物文化も異なるようだ。そんな事をつらつらと考えながら抱月の家まで来た。
(俺は・・本当は何をしに来た?)
どうしようもなく寂しかった。自分だけを本当に愛してくれている抱月の顔が見たかった。自分から振って、離れて行ったくせに都合の良い時だけ甘えて相手を傷付ける。
(最悪だな、俺・・)
扉の前で迷ったが、自然と手が戸を開こうと引き戸を引いた。だが、それは堅く閉ざされていた。
涙が出そうだった。美月はトントンと戸を叩いて小さく「先生」と呟いた。中から誰も出てくる様子はない。もしかしたら遠出をしていて未だ帰ってきていないだけではなく、この土砂降りで足止めを喰らい、宿を取っているのかもしれなかった。
だが美月はその場でいつまでも立って待っていた。
(こんなずぶ濡れじゃあ現代に帰れないしなぁ・・まだ帰りたくないし・・なぁ)
抱月にお土産を渡して顔だけ見たら帰ろう。自分は甘えてはいけないのだ、と強く言い聞かせる。
折角抱月が買ってくれた浴衣もずぶ濡れで、水風呂にでも浸かった後のようだった。それだけでも泣きそうだった。
どれだけ待っただろうか。しゃがみこんで空から飽きずに落ちてくる水の様子と慌てて走る人を一刻、約2時間はボーっと見ていただろうか。
「美月・・?」
その落ち着いた低く通る声が耳に響いて振り向くと、そこには驚いた抱月が傘をさして立っていた。
「あ・・・」
帰って来ないと思った。
「どうした、そんなずぶ濡れで・・」
もう明日まで来ないと、思っていた。
「早く中に入りなさい。風邪を引いてしまう。」
抱月が近づいてふわりといつもの香りが鼻腔をくすぐった。
(先生の・・香りだ)
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「それって、さ。雪之丞さんの事・・だよね」
「ん?ああ。そうだろうよ。」
「そ・・・か。」
俺の事好きだって言ったのもゲーム感覚?抱きたいだけの相手だから?
どうして手を出したの?どうして雪之丞さんに手を出さないの?本気だから?
俺には本気じゃないってこと?さっき身体を触れ合った時の言葉は何?
別に身体だけの目的だから雪之丞さんが目の前に居ても別に良かった?
美月の頭の中にグルグルと疑問が湧き上がる。信じたい気持ちの炎が小さく小さくなっていく。
どうして不安な時ほど、人は悪い方の考えに脳が加担してしまいやすいのだろうか。ゴロゴロといつの間にか空を覆っていた雲間から太鼓のような雷の音が聞こえてきた。生暖かい風にも湿り気が帯びてきているのを感じる。美月の心の雲行きにでも共鳴しているようだ。
今の美月にはそれがとても心地よく感じた。ふと店終いをしようとする香具師を見かけて足を向ける。
「おい、美月ちゃん、どこ行くんだよ?もう直ぐ土砂降りだぜ?早く行かねぇと・・」
「悪いんだけど熊さん、先帰ってくれる?俺用事思い出したから」
「いや、そらぁ出来ねぇよ。夜に頼まれてんだし、美月ちゃんにもしもの事があったら俺ぁ・・」
「平気。これ買ったら直ぐ現代に帰るから、もう送ってくれる必要ないから。ありがとうね」
そう言い包めて美月は無理やり熊を先に帰した。
「すみません、これ一つ下さい。」
美月はお祭り限定で売り出されていた唐から仕入れてきたという売り文句の花茶を購入した。
これは抱月への土産だった。いつか、抱月が唐の花茶が飲んでみたいと言っていたのを思い出したのだ。
花茶を袖口に入れると、暗雲からポツリポツリと大粒の雨が降り出して、あっと言う間にバケツをひっくり返したような土砂降りに見舞われた。
美月はそれでもゆっくりとした歩調で歩いていると、足元がぬかるみになってドロだらけになってしまった。
(ああ、だから下駄を履けって夜が言ってたっけ)
江戸は雨もよく降り、剥き出しの地面は夏の日照りには埃が立ち雨が降ると泥だらけになるが故に、江戸庶民はどちらにも適した下駄を履いているのだと言う。
成る程、理に適っている。
大阪では足袋、京では草履と地域によって履き物文化も異なるようだ。そんな事をつらつらと考えながら抱月の家まで来た。
(俺は・・本当は何をしに来た?)
どうしようもなく寂しかった。自分だけを本当に愛してくれている抱月の顔が見たかった。自分から振って、離れて行ったくせに都合の良い時だけ甘えて相手を傷付ける。
(最悪だな、俺・・)
扉の前で迷ったが、自然と手が戸を開こうと引き戸を引いた。だが、それは堅く閉ざされていた。
涙が出そうだった。美月はトントンと戸を叩いて小さく「先生」と呟いた。中から誰も出てくる様子はない。もしかしたら遠出をしていて未だ帰ってきていないだけではなく、この土砂降りで足止めを喰らい、宿を取っているのかもしれなかった。
だが美月はその場でいつまでも立って待っていた。
(こんなずぶ濡れじゃあ現代に帰れないしなぁ・・まだ帰りたくないし・・なぁ)
抱月にお土産を渡して顔だけ見たら帰ろう。自分は甘えてはいけないのだ、と強く言い聞かせる。
折角抱月が買ってくれた浴衣もずぶ濡れで、水風呂にでも浸かった後のようだった。それだけでも泣きそうだった。
どれだけ待っただろうか。しゃがみこんで空から飽きずに落ちてくる水の様子と慌てて走る人を一刻、約2時間はボーっと見ていただろうか。
「美月・・?」
その落ち着いた低く通る声が耳に響いて振り向くと、そこには驚いた抱月が傘をさして立っていた。
「あ・・・」
帰って来ないと思った。
「どうした、そんなずぶ濡れで・・」
もう明日まで来ないと、思っていた。
「早く中に入りなさい。風邪を引いてしまう。」
抱月が近づいてふわりといつもの香りが鼻腔をくすぐった。
(先生の・・香りだ)
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コメント
> あ~♪私の好きな切ないのたっぷりになって来ました!!
わ~嬉しいです^^上手く切なさが出せればいいんですが(汗)
> 夜の心境が分からない所が・・余計に切なさを増すというか・・
そうですね~。やっぱ心境なんてそうそう分かるものではないからこそ、歯がゆいものですよね!
> でも、やっぱり人間って弱いですよね・・辛い事があると、優しい腕に抱かれて安心したいと、思ってしまうんですよね・・・
はい。弱いです。特に自分を一番に想ってくれる人には、事に弱くなってしまったり・・。
相手の気持ちを考えると酷い事してるって分かっているんだけど・・。という。
しかも相手も好きな人にならやっぱり気持ちが別にあっても、辛い時には側に居てあげたくなったり。切ないですねT.T
コメントどうもありがとうございました
夜の心境が分からない所が・・余計に切なさを増すというか・・
でも、やっぱり人間って弱いですよね・・辛い事があると、優しい腕に抱かれて安心したいと、思ってしまうんですよね・・・
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